Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知のワンダーランドをゆく〜知的冒険エッセイから
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唯心論的物理学
 高知大学理学部助教授、中込照明氏の著書「唯心論的物理学」で語られている絶対的宇宙と相対的宇宙の記述において、興味ある思考実験が提示されている。
 その思考実験とは、ある種のコンピュータゲームである。例えば10人のゲーム者に各1台づつのコンピュータがそのゲームのために割り当てられている。ゲームは戦車を使った戦争ゲームであり、登場する10台の戦車の操作は割り当てられた10人のコンピュータに連動している。各コンピュータ画面には自分が搭乗する(例えばA)戦車の運転窓から眺められる戦場の様子が映し出されている。その構造は他の9人にも同様であり、ある人はBという戦車、ある人はCという戦車の運転窓から眺められる戦場の風景である。各人のコンピュータはネットワーク技術によりメインコンピュータにリンクされており、メインコンピュータのプログラムで集中制御されている。
 つまり、Aという戦車からBという戦車に発射された砲弾はCという戦車からもDという戦車からも同時に「そのように」眺められる。但し、それはCという戦車の位置から、そしてCという戦車の運転窓から眺められる風景である。同様にD戦車に対応したコンピュータもE戦車に対応したコンピュータも、ともに各自が搭乗する戦車の位置とその位置から眺められる戦場風景である。この状態で、各々戦車に搭乗している各自が生き延びるように戦車を運転操作し、砲弾を発射し、戦場での位置を移動し、仮想的な戦闘を行うのがこの「戦争ゲーム」の内容である。
 中込氏はこの各々の戦車の運転窓から眺められる戦場風景が「相対的宇宙」であるとする。宇宙というのは各々の戦車の運転窓から眺められる相対的宇宙が積層状態になっている状態であり、唯一絶対である絶対的宇宙などは存在しないとする。それは10台の戦車が戦闘する戦場の全体的な俯瞰眺望風景である「絶対的宇宙」が存在しないことを意味している。もしその俯瞰眺望ができる存在があるとすれば、それは「神の目」ということであろうか ・・?
 この「思考実験」は多くの暗示的な示唆を我々に与える。この実験で言う各々の戦車から眺められた戦場の相対的風景こそ、我々が日頃、ひとりひとりの人間として眺望する相対的な現実の風景と同じものである。私の眺めるこの現実世界の風景は、私の位置から眺められる「私の相対的宇宙」であり、あなたの眺めるこの現実世界の風景は、あなたの位置から眺められる「あなたの相対的宇宙」である。
 こうして10人の人間がいれば、10の位置から眺められる別々の10の相対的宇宙が存在する。しかし、我々は日頃そのような感覚をもつことはなく、唯一の絶対的宇宙に存在していると感じている。それはAという戦車から発射された砲弾により、Bという戦車が破壊されることは、他のC、D、E ・・ 等々の戦車の搭乗者からも確かに目撃される共通の事実であり、同様に我々もまた日頃この世界で他の人々と共通である事実経験を共有するのである。
 では相対的に別々な宇宙に我々ひとりひとりが存在するとして、このような共通的事実経験をいかにして共有できるのであろうか ・・?
 ライプニッツは、このような相対的宇宙の対応関係を「予定調和」という言葉で表現した。人間の意識内容は外界の反映によって創られるのではなく、意識自体が創りだした「イメージ」であるというのが「唯心論」の立場である。それを一般的に考えれば、「同じ外界を見ているから、イメージに対応関係がある」となるが、ライプニッツは逆に「イメージに対応関係があるから、同じ外界を見る」と考えたのである。 ではどうしてこのようなイメージの対応関係があるのか、という疑問に対し、ライプニッツは「神」に帰着させ、「予定調和」と呼んだのである。  彼の視点で宇宙を述べれば次のようになる。
我々は別々の相対的宇宙を眺望するが予定調和により同じ宇宙を体験する
 ここで思い当たるのは、ライプニッツの「予定調和」の概念が心理学的意識世界を語ったフロイトやユングの言う「潜在意識」や「集団的無意識」という概念に非常に近い関係をもっていることである。さらに物理学者、デビット・ボームの言う「暗在系の内蔵秩序」、東洋の哲学者、老子、荘子の言う「道」、孔子、孟子の言う「天」、王陽明の言う「心即理」といった概念にも近い。これらの概念には、我々をはじめとする全宇宙的存在が「何かを共有している」という直観が横たわっている。この「共有している何か」を、それぞれの概念は、対応した別の視点から、また別の言葉で表現しているだけの違いである。
 中込氏は、この「予定調和」の視点により、現在の最先端科学が直面しているホーキングやペンローズなどの超頭脳が未だ突破できない量子論の「観測問題」を解消できたと言う。その正誤はともかくとして、今後の科学的研究における、ひとつの方向性を提示した意味は大きい。
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