例えば「阿弥陀堂だより」であり、「大鹿村騒動記」である。これらはごく限られた狭い片隅の世界が舞台となっている。阿弥陀堂だよりは北信濃に位置する山里の集落であり、大鹿村騒動記は南アルプスの山塊に囲まれた落人伝説が語り継がれる山村である。いずれも文明から隔絶されていて入ってくる者も出ていく者もいないような閉ざされた世界である。その中で繰り広げられるおもしろくもやがて哀しい人間ドラマが美しい自然を背景にして展開する。それは近代社会が失ってしまった古く懐かしい原風景である。その原風景に回帰したいがゆえに、そこに生きる人々の素朴な人間性に魅了されるがゆえに、私は何度も繰り返し見るのであろう。
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