Linear
未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事

知的冒険エッセイ / 時空の旅
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共時性に想う(4)〜直観的場面構築と歴史的場面構築
 直観的場面構築とは顕在意識や潜在意識で構成された広漠茫洋たる意識の大海に蓄積されていた玉石混淆、種々雑多なさまざまな断片的認識要素(断片的記憶要素)が、ある瞬間に連鎖関連して(連鎖反応して)意識のスクリーンに投影する「直観的場面」である。
 この直観的場面構築によって私は創造性に向けた多くの着想を得てきた。「ものづくりのための知的ツールシステム」や「安曇古代史仮説〜安曇野の点と線」等はその直観的場面を生んだ意識メカニズムのなせる業である。
 他方、歴史的場面構築とは物質的現象で構成された玉石混淆、種々雑多、多様な出来事が、ある瞬間に連鎖して物質世界に実現した「現実的な場面」である。直観的場面と歴史的場面は意識世界と物質世界の間に掛け渡された「Pairpole」であり、相対的であるとともに相補的な関係を構成している。
 ふたつの場面についての詳細は「直観的場面構築(第211回)」と「歴史的場面構築(第212回)」の各記述を参照願うこととして、ここで述べたいのは共時性との関わりについてである。より言えば、共時性に想う(2)で述べた、現実世界に現れた「ありえない確率(第911回)」での物質的現象との関わりについてである。
 「共時性に想う(3)〜無と有の狭間(第912回)」ではそのありえない確率の原因を、「思考する」こと、「祈る」こと、「念仏する」こと、「思惟する」こと ・・ 等々の意識操作に求めた。
 直観的場面から歴史的場面が発生する過程はその原因究明に新たな視点を提供する。さらに言えば、その過程は具体的でテクニカルである。
 直観的場面が広漠茫洋たる意識の大海に蓄積されていた玉石混淆、種々雑多な断片的認識が、ある瞬間に連鎖して意識のスクリーンに投影した場面としているが、この意識メカニズムが起動するきっかけである「ある瞬間に発生する連鎖反応」こそが共時性で言う「意味ある符号」に他ならない。その様相は、共時性に想う(1)で描いた「ふと発生する宇宙(第910回)」の風景でもある。
 直観的場面の構築が即ち歴史的場面構築の原因であるとする考えは多分に独創的であって未だ仮説に過ぎないが、私のなかでは充分に妥当性をもったアイデアであると考えている。
 しかして「歴史的場面構築(第212回)」の末尾を私は以下のような記述で結んでいる。
  意識メカニズムが投影した直観的場面と行動メカニズムが投影した歴史的場面は互いに相対的であり相補的である。関ヶ原の戦役は、西暦1600年の日本列島に生きていた人々の意識メカニズムが行動メカニズムに投影した歴史的場面であり、ナチスのホロコーストは当時のドイツに生きていた人々の意識メカニズムが行動メカニズムに投影した歴史的場面である。
 世に怖ろしきは実に「意識する」ことであり、その意識メカニズムが直観的場面を構築し、行動メカニズムに投影して歴史的場面を構築してしまうのである。「思いは実現する」とは、巷間よく言われることである。我々は正しく意識する必要がある。なぜなら正しい意識だけが、正しい行動を発生させ、正しい歴史的場面を構築するからである。

2015.12.29

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