主観を主体とする生活とは、簡潔に言えば「価値観を客観に委ねない」ということになる。主観的世界では、自分の主観で価値観を評価決定しなければならない。一方、客観を主体とする客観的世界では、他者の客観で価値観が評価決定される。自己の主観的価値観はさて置かれ、世間と呼ばれる他者からの視点で評価決定された価値観に「一喜一憂する」状況である。世間(他者)の評価が正しいのであればまだしもであるが、世間(他者)の評価とは往々にして、「恣意的」であり、「策謀的」である。なぜならば、それらの評価は評価をする世間(他者)の立場が有利になるように操作された評価となる場合が多いからである。
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