伊那文化会館は中央道伊那IC近く、西に中央アルプス、東に南アルプスを望む伊那谷の美しい高台、春日城址公園内に位置しており、大小の舞台ホール、美術展示ホール、本格的なプラネタリウムなどを有する長野県南部地域における芸術文化の中心施設として親しまれている。
伊那文化会館が立派な施設であることはもちろんであったが、春日城址公園はさらに素晴らしく快適な空間であった。 私が訪れたのは汗ばむほどの春日の昼下がりのことであったが、新緑の公園を渡る風はすがすがしく、遊びに夢中な子供たちの歓声が林間にこだましていた。
公園東端の本丸跡の高台からは南アルプス連峰を背にした伊那市街が眼下に一望することができた。 優美な稜線を描く仙丈岳はいつ眺めてもあきない美しさがあると感じ入りながら、直下の麓に目を移すと結婚式場なのであろう、ビルの屋上に華やかな盛装に身を包んだ若者たちが集っており、彼らがあげる笑い声が風に乗って高く低くここまで渡ってくる。
ここにはかっての地方都市がもっていたであろう古き佳き堅実性に裏打ちされた 「確かな生活」 がいまだのこっている。 それはもはや大都市では失われてしまったものなのであろうが。
きびすを返して歩いていた私の視界に公園の片隅にひっそりと立つ慰霊碑がとらえられた。 碑文には第2次大戦のシベリア抑留者慰霊碑とある。
瞬時、かってシベリアに長期抑留され、ようようにして帰国した、とある社長の言葉が脳裏に甦った。 「物で栄えて、心で滅ぶような国にはなってほしくないものです」。
白髪痩身、幾多の苦難を乗り越えてきた静かな面立ちの老社長の言葉が周囲の木立から降るように語りかけてきた。 はっとした私ははからずも背筋を正した。
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