Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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壮士ひとたび去ってまた還らず
 第1206回 「魂の死するを恐れる」 では三島由紀夫の憂国の声明について書いた。 その中で三島由紀夫の辞世の句が以下の2句あることを知った。
益荒男が たばさむ太刀の 鞘鳴りに 幾とせ耐へて 今日の初霜
散るをいとふ 世にも人にも 先駆けて 散るこそ花と 吹く小夜嵐
 上段の句は 巷間衆知の句で、これから壮挙に赴く三島の留めどない荒ぶる魂の熱情を描いている。 下段の句は 去りゆく三島の淋しげな後ろ姿を鎮魂とともに描いている。
 以下の漢詩は 秦始皇帝暗殺の刺客であった荊軻がその任に赴くに際し、易水の畔で催された送別の宴で詠じたものである。
風蕭蕭として易水寒し 壮士ひとたび去ってまた還らず
(風は寂しげな音をたてて吹き 易水の水は冷たげである 壮士(勇者即ち荊軻)は ここで別れを為して 一度去れば 二度と帰ることはないであろう)
 また以下の言葉は戦没学生の手記「きけわだつみのこえ(岩波文庫)」の巻頭に掲載されている特攻隊員、上原良司の 「所感」 と題された文の末尾に配された辞世である。 上原良司は小説「永遠の0」の主人公、宮部久蔵のモデルであるとされている。
 「明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。 彼の後姿は淋しいですが心中満足で一杯です。」 (上原良司の風景〜もうひとつの「永遠の0」)
 ・・ 心の死ぬことを恐れず 肉体の死ぬことばかりを恐れている人達で日本中がうめられている。 しかし、そこに肉体の死するを恐れず 「魂の死するを恐れる」 という人がいることを忘れないでください ・・・ 三島由紀夫が後世に繋いだ魂の絶唱である。

2018.05.28


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