未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
持っているものは暇だけ
「映画フーテンの寅」の主人公、寅次郎が遺した名セリフである。ことの始まりは1988年12月24日に公開されたシリーズ40作目「寅次郎サラダ記念日」のワンカットである。
信州小諸で出会ったおばあちゃんに次のバスはいつ来るのかと尋ねる寅次郎。
「1時間先だよ」とおばあちゃん。
「まあいいか ・・ 俺の持っているものは暇だけだから」と寅次郎。
「暇なら家に来ないか」とおばあちゃん。
「俺はこう見えても忙しいんだ」と寅次郎。
第864回
ではこのくだりを日本を代表する哲学者、西田幾多郎(1870〜1945年)が提唱した「絶対矛盾的自己同一」の世界を体現したものであるとした。持っているものは「暇だけなのに忙しい」という絶対的な矛盾を軽々と超えていった自由人「フーテンの寅」の面目躍如たる場面である。
それに対し現代人の多くは上の句が「持っているものは仕事だけだから」、あるいは「持っているものはお金だけだから」となり、下の句は「だから忙しい」となる。 まれに寅次郎のごとく「持っているものは暇だけだから」という人もいるにはいるが、「だから何もやることがない」となる。
以上を翫味すれば、寅次郎の「持っているものは暇だけだが忙しい」という透徹した人生哲学の境地は推して知るべしである。
2017.07.26
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