Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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井上陽水の世界〜なぜか上海
 「西脇順三郎の世界(第873回)」はまた歌手「井上陽水の世界」に通じる。井上陽水の作詞もまた一見すると無関係な言葉が羅列される。まともに読むと筋が通らない。だがその無関係とも思える言葉と言葉が、ある時は激しく対立し、ある時は鋭く反響し、予期しない独特な情感を発生させ聴く者を異次元の世界に誘っていく。陽水作品の中からひとつを選択することには困難がつきまとうが、以下に「なぜか上海」をあげる。
星が見事な夜です
風はどこへも行きます
はじけた様な気分で
ゆれていればそこが上海

そのままもそ もそ も もそっとおいで
はしからはしのたもと お嬢さん達
友達さそ さそ さ さそっておいで
すずしい顔のおにいさん達

海を越えたら上海
どんな未来も楽しんでおくれ
海の向こうは上海
長い汽笛がとぎれないうちに

流れないのが海なら
それを消すのが波です
こわれた様な空から
こぼれ落ちたとこが上海

いまからまそ まそ ま まそっとおいで
ころがる程に丸いお月さん見に
ギターをホロ ホロ ホ ホロッとひいて
そしらぬ顔の船乗りさん

海を越えたら上海
どんな未来も楽しんでおくれ
海の向こうは上海
長い汽笛がとぎれないうちに
海を越えたら上海
君の明日が終わらないうちに
 はじけた様な気分でゆれていれば「そこが上海」というのだが、「なぜ上海なのか」は意味不明である。以降、次々にイメージが現れては消えていく。こうでなくてはならないというような拘束条件はいっこうに感じられない。それどころか時間も空間も、さらには言葉さえも超越してしまっているかのようである。まったくの自由な世界である。作者である陽水でさえ時空間に浮遊しているかのようで、どこにもいてどこにもいない。意図なき物語を人はいかなる意図をもって考えることができようか・・ただ感じるだけである。
 このような作詞の世界は陽水独自のものであって、誰もがまねできるものではない。それどころか陽水自身が自問してみても的をえた答えは返ってこないのかもしれない。それは「メロディに乗って彼方からやって来た」というのが正直なところではあるまいか。
中森明菜の世界 / 第875回 へ続く

2015.05.30


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