Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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真理のかたち
 「マヨラナ〜消えた天才物理学者を追う(第773回)」で述べた「無からの有の発生」に関するディラックとマヨラナの予見についての続きである。その中で私はディラックの予見は「虚のエネルギで満たされた真空を想定する」ことで生まれ、マヨラナの予見は「過去に向かう虚の時間を想定する」ことで生まれたとする対比構図を提示した。

 思考の過程で面倒な細部は敬して遠ざけ、抽象化と一般化をめざすことは天才のみがよくなしえるわざである。それは「リーマン幾何学(第727回)」で述べた。

 何もないとする真空に虚のエネルギの胎動を想定したディラックのひらめきはよく常人がなせるものではない。同様に未来に向かう実時間の世界に生きながら過去に向かう虚時間を想定したマヨラナのひらめきまたしかりよく常人がなせるものではない。当時の状況を考えると宇宙の根源的課題に対して2つの画期的予見が生まれたことは奇跡に類することであろう。

 この奇跡の結末として用意されるシナリオは以下の3通りである。

 1)両者の予見のどちらかが正しく、どちらかが間違いであったとするシナリオ
 2)両者の予見がともに間違いであったとするシナリオ
 3)両者の予見がともに正しかったとするシナリオ

 私が描くもっとも確率が高いシナリオは3)の両者の予見がともに正しいとするものである。天才としての予見能力は優劣つけがたく軽々にミスをするとは思われない。つまり、両者の予見の違いは同じものを別々の視点から眺めた風景の異なりなのではなかろうか・・それは紙の表裏のようなものであり、1枚の紙には違いないのである。

 ディラックは時間に無関心ではあるが、もともと眺めている空間はハイゼンベルクの不確定性原理で述べるエネルギ保存則が一時的に停止する非常に短い時間(限りなく0に近い時間)の世界である。この空間でこそ量子力学的なゆらぎのおかげで、無から無償でエネルギを借りられるかもしれないのである。ゆえにディラックは真空は活動で沸き立っていると予見したのである。

 マヨラナが眺めている空間は未来に向かう実時間と過去に向かう虚時間の狭間であり、これまた非常に短い時間(限りなく0に近い時間)の量子力学的なゆらぎの世界である。

 拙稿「Pairpole宇宙モデル」では時間軸に添って構成されている宇宙を「連続宇宙」と呼び、時間軸と垂直に構成されている宇宙を「刹那宇宙」と呼んだ。連続宇宙は言うなれば「空間を時間で積分した宇宙」であり、我々はその宇宙を「時空間」と呼んでいる。刹那宇宙は「空間を時間で微分した宇宙」であり、いまだ呼び名はない。

 私はその刹那宇宙の胎動を以下のように表現した。

 刹那宇宙では、無から有への発生と、有から無への消滅が、間断なく繰り返され、有と無が混合したエマルジョンとなり、あらゆる可能性が「ゆらぎの状態」にある。

 刹那宇宙では、生と死が混在し、創造と破壊が混在する。あらゆる生命は刹那に生まれて刹那に死に、あらゆる存在は刹那に創造されて刹那に破壊される。
                                    「連続宇宙から刹那宇宙へ(第313回)」

 ディラックとマヨラナが注目した世界とは、言うなれば時間軸と垂直に構成され時間が限りなく0に近い「刹那宇宙」である。ディラックも、マヨラナも、おそらく私もまた、眺めていた世界は同じであったのである。その世界を、ディラックは「虚のエネルギで満たされたゆらぎの空間」と認識し、マヨラナは「実時間と虚時間の挾間に生じたゆらぎの空間」と認識し、私は「有と無が混合したあらゆる可能性に明滅するゆらぎの空間」と認識したにすぎないのである。

 「群盲象を撫でる」ということわざがある。盲人の集団が象に触って「象とは何か」を知ろうとしている様を描写している。その中で鼻に触っている者は「象とは蛇だ」と言い、足に触っている者は「象とは丸太だ」と言い、腹に触っている者は「象とは岩だ」と言う、耳に触っている者は「象とはヒラメだ」と言う。彼らの話を総合すると「象とは蛇で、丸太で、岩で、ヒラメだ」というわけである。

 「真理のかたち」とはおよそこのようなものなのであろう。どれもが真理の部分であって全体ではない。真理に到達しようとすれば部分を統合しなければならない。つまり、ディラックの予見、マヨラナの予見・・等々が統合されたとき、真理の女神は一瞬間こちらを振り向いて素顔でにっこりと微笑んでくれるのである。それがいつになるのかは背を向けている女神本人に聞いてみなければわからないが、彼女の気分しだいというところが妥当な予測ではなかろうか・・・。
2013.11.27
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