未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知のワンダーランドをゆく〜知的冒険エッセイから
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相対と絶対の狭間
人間が抱く心理的な「こうなってほしい」という希望的観測は、心象世界では意義があっても、物理的な現象世界では、これといった意義はない。いくら「こうなってほしい」と希望的観測を試みても、「水が低きから高きに流れる」ことはないのである。
本能寺で明智光秀に急襲された織田信長が発した最期の言葉、「是非もない」ではないが、現象世界のものごとには「是も非もない」のである。信長にしてみれば光秀反逆の善悪に意味はなく、ただ眼前にあった現象世界の事実を是として正面から対峙し、従容として事に殉じたにすぎない。
信長にとっては眼にするこの世の事実はすべてが「絶対的」であって、「こうなってほしい」という「相対的」な事実などはもとから存在しなかったのかもしれない。信長の強さを、ひと言で還元すれば、この「絶対性」に対する信奉を、生涯に渡って捨てることがなかったという類い希なる非凡さにある。
凡人はかく徹することができず、日々、「内なる心象世界の相対性」と「外なる現象世界の絶対性」の狭間で、おろおろと立ち往生しているのが現実である。
文 /
柳沢 健
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