目の前60cmほどのところに年の頃4〜5歳のクリクリ頭の男の子が、30歳ほどであろうか小柄で可愛らしい母親が手に持つ絵本を真剣なまなざしでのぞいている。母親の胸には生まれたばかりの赤子が紐でゆあえられた状態で抱かれていて絵本をもたない片手はその子の背中にまわされている。母親は赤子とクリクリ頭の双方に目を配りながら照れることもなくその絵本を朗読しているのであるが発する声音は大きすぎることもなく、といって小さすぎることもなく、耳障りのよい優しさに満ちていた。それはちょうど保育園の保母さんが子供たちに語って聞かせるような抑揚と情感にとんだ口調であった。その声の響きが気持ちいいのか胸の赤子はうんともすんとも、むずかることなくその胸に顔をあずけている。ふと気づくと私の横にすわっている白髪の老婆もまた曲がった背を前にかがめて、かって育てた自らの子の顔を思い描いてでもいるように、男の子の表情をほんのりと笑みを浮かべてながめている。
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