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真田氏史跡を巡る(3)
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真田氏本城跡 / 長野県上田市真田町長
本城跡から菅平高原を望む
雁金(かりがね)
 真田氏の菩提寺、長谷寺からの帰路、長谷寺からは少し西に位置する峰上にある本城跡に立ち寄った。 本城は真田氏発祥の地である真田の郷を眼下に俯瞰する山城であり、別名 「松尾城」 とも呼ばれる。 政務機能は麓にある真田氏館で行われていたことから、この城の機能は戦時用のものであろうと考えられている。
 真田の郷を囲むように各峰々に造られた山城群(松尾古城、戸石城等々)の司令部的存在、言うなれば戦闘指揮所であったと考えることが妥当のようである。
 それを証するかのように本城の頂からは真田盆地の全域がくまなく眺められるとともに、それを囲む峰々に置かれた城塞の連携を手に取るように把握することができる。 幾重にも仕組まれた真田の兵法の何たるかはこの備えを見ればおのずと了解されるであろう。 おそらく攻め込んだ者はただでは脱出不可能であったに違いない。 そのときに峰々から立ちのぼったであろうさまざまな狼煙の形や兵の咆吼が目に浮かんでくるようである。
 私事になるが私はこの真田の郷で生まれた。 郷の中央に位置する真田中学校の校章は真田氏のもうひとつの家紋である 「雁金(かりがね)」 であった。
 幼少の頃は真田十勇士(※)の縦横無尽の活躍を夢見て山野を駆け回っていたことを覚えている。 中学校までこの郷で過ごした私はその後、父親の仕事のために松本市に移ることになってしまったが、真田の郷での津々浦々の風光がときとして脳裏をよぎることがある。
 幾星霜、歳月を隔てても今なお、かく眺める誇り高き山河の輝きは少しも衰えてはいない。
※)真田十勇士(真田幸村に仕えたとされる10人の家臣)
  猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道、三好伊三入道、穴山小助、由利鎌之助、海野六郎、
  根津甚八、望月六郎、筧十蔵
2016.01
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