Linear 信州ベスト紀行セレクション
駒ヶ根市にて(4)
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光前寺 三重の塔 / 長野県駒ヶ根市
霊犬、早太郎
 中沢の花桃の里からの帰路。 閉館中であった駒ヶ根高原美術館が取り壊されたとの新聞記事を自らの眼で確かめるべくその地を訪れた。 光苔や霊犬早太郎伝説で有名な光前寺門前に隣接するその美術館は今や跡形もなく消失してしまっていた。 そこで開催された企画展を見に何度か訪れていた私としては 「長い過去」 を失ったかのような一抹の寂しさを覚えた。
 空白の空間は今や大きな駐車場となっていて、なぜかその日は多くの車で埋め尽くされていた。 係員に促されるままに駐車場に入ってしまったため、そのまま車をUターンさせるわけにもいかず、光前寺に参拝することにした。 境内は参拝客で賑わっていたが、三重の塔の付近は格別の霊気が漂い人影もなく、たたずむ塔を静寂が包んでいた。 その時である。 なぜかこの寺に伝わる 「霊犬、早太郎」 のことが、その深閑とした空間の中から、沸くように甦ってきたのである。
※)霊犬 早太郎伝説
 今よりおよそ700年程も昔、光前寺に早太郎というたいへん強い山犬が飼われていた。 その頃、遠州府中(静岡県磐田市)見付天神社では田畑が荒らされないようにと、毎年祭りの日に白羽の矢の立てられた家の娘を、生け贄として神様に捧げる人身御供という悲しい習わしがあった。 ある年、村を通りかかった旅の僧である一実坊弁存(いちじつぼうべんぞん)は、神様がそんな悪いことをするはずがないと、その正体をみとどけることにした。 祭りの夜にようすをうかがっていると、大きな怪物が現れ 「今宵、この場に居るまいな。 早太郎は居るまいな。 信州信濃の早太郎。 早太郎には知られるな」 などと言いながら娘をさらっていった。 弁存はすぐさま信州へ向かい、ようやく光前寺の早太郎をさがし当てると、早太郎をかり受けて急ぎ見付村へと帰った。 次の祭りの日には、早太郎が娘の代わりとなって怪物と戦い、それまで村人を苦しめていた怪物(老ヒヒ)を退治した。 早太郎は化け物との戦いで傷を負ったが、光前寺までなんとか帰り着くと、和尚さんに怪物退治を知らせるかのように一声高く吠えて息をひきとってしまった。 現在、光前寺の本堂の横に、早太郎のお墓がまつられている。 また、早太郎をかり受けた弁存は、早太郎の供養にと 「大般若経」 を写経し光前寺へと奉納した。 この経本は現在も光前寺の宝として大切に残されている。

2018.04

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