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未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事

信州つれづれ紀行 / 時空の旅
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塩田平にて / 長野県上田市
空海の風景
 それは酷暑のお盆を過ぎて間もない日のことであった。 戦没画学生慰霊美術館 「無言館」 を目指して信州の鎌倉と呼ばれる塩田平を車で走行しているさなか 「思いがけない風景」 に出逢った。 見事な蓮池を前にして泰然と佇む独鈷山の姿である。
 独鈷山の名は真言密教を創始した弘法大師、空海が密教の法具である独鈷をその山頂に埋めたとされる逸話に依るものか? 急峻な岩峰で構成された山容はまさにその独鈷を彷彿させるに充分である。 護摩修行の霊場として開創された山麓のそこかしこには 「曼荼羅の里」 の風韻が今もなお消えずに漂っている。
 空海は自らの入定(入滅)に先だち 「私は兜率天へのぼり 弥勒菩薩の御前に参るであろう そして56億7000万年後 私は必ず弥勒菩薩とともに下生する」 と弟子たちに遺告した。 弥勒菩薩とは、釈迦の弟子で、死後、天上の兜率天に生まれ、釈迦の滅後、56億7000万年後に再び人間世界に下生し、出家修道して悟りを開き、竜華樹の下で三度の説法を行い、釈迦滅後の人々を救うといわれている菩薩である。 空海は若き日より兜率天の弥勒菩薩のもとへ行くことが生涯の目標であったのである。
 空海と弥勒菩薩がいるという 「兜率天」 がいかなる世界なのかは想像するしかないが、あるいは今、眺めている 「かくなる風景」 に似ているのではあるまいか? ふとそう想った。

2018.08


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