Linear ベストエッセイセレクション
非局所的宇宙の相貌
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宇宙に果てはない
 宇宙には局所がないとする 「非局所性」 はスウェーデンの王立科学アカデミーが10月4日、2022年のノーベル物理学賞を 「量子もつれ」 を実証したとしてフランスのアラン・アスペ教授ら3人に授与したことで、広く世界に認知されることとなった。 量子論では宇宙の果てほどに隔たったふたつの粒子が、光よりも速く伝わる物理的効果によって連絡しあっているとする 「量子もつれ」 と呼ばれる不可思議な遠隔操作について、100年余の長きに渡って相対論と量子論の狭間を分かつ 「パラドックス」 として論争の的とされてきた。 だがこの遠隔操作が実在のものとして実証されたことで、今後の物理学に大きな展開がもたらされることは想像に難くない。 その相貌の一端を披瀝すれば以下のごとくである。
 非局所的宇宙とは 「宇宙に局所(部分)はなく、すべてが非局所(全体)である」 ということである。 非局所的宇宙とは 「宇宙の局所が連続していて境界がない」 ということである。 非局所的宇宙の構造とは 「細部は全体であるとともに、全体もまた細部である」 ということである。 非局所的宇宙の領域には 「ローカルもグローバル」 も 「インサイドもアウトサイド」 もなく、すべてが 「セントラル」 であるということである。
 以上を還元すれば、宇宙は 「センターレス(無中心)」 で 「ボーダーレス(無境界)」 であって、結局 「宇宙に果てはない」 という終局に行き着く。
2026.03.05
二重スリット実験
 量子論は二重スリット実験から導かれた不可思議な帰結から始まった。 光子や電子などの量子粒子を二重スリットに向けて発射すると発射源と蛍光板の到達点の間で、ありとあらゆる可能な道筋、あるいは軌跡を試そうとする。 微粒子は波長が長いために水の波の干渉のように蛍光板上に干渉縞状の到達点の確率分布を示す。 だが粒子の質量が大きい野球のボールともなれば、ニュートン力学が述べる道筋以外のいかなる軌跡でも相殺干渉が起こることを示している。 量子論では電子がどこに到達するかを予測することはできない。 それは電子がある点に到達する確率を示すだけである。 言えることは電子を1個蛍光板に向けて発射したならば、蛍光板上の多くの点で閃光が現れる可能性である。 だが確率は測定が行われることで事実に変わる。 電子がある点で発見されたが最後、それがほかの場所で見つかる確率はゼロになる。 何度も何度も実験を繰り返して初めて、確率分布が意味のあるものとなり干渉縞が形成されるのである。 つまり、電子が蛍光板に衝突する前に、その所在を尋ねることはできない。 電子は何らかの方法で空間と時間全体に広がっており、蛍光板に衝突する前は、まったくでたらめな方法で2つのスリットを通り抜け、自分自身と干渉しあっている。 電子は同時にすべての場所に存在し、かつどこにも存在しない。 事が起こるたびに、世界は新しく生まれるというのである。
 二重スリット実験は、量子もつれが実証した非局所的宇宙の 「ひとつの断面」 を語っていると考えてしかるべきである。
2026.03.06
波動方程式
 二重スリット実験は量子が 「波動性」 と 「粒子性」 という 「2つの性質」 を持っていることを明らかにした。 2つの性質は同時には観測されず、波動性が観測されれば粒子性は消え、粒子性が観測されれば波動性は消えてしまう。 ある量子がどこかで観測されるまでは、その量子は波動性を帯びて宇宙全域に波のように広がっている。 この状態を量子論では 「どこにもいてどこにもいない」 と表現する。 しかしひとたび宇宙の局所でその量子が観測されるやいなや波動性は消え、かわって粒子性が現れ、宇宙はその局所に収縮する。 もはやその量子はその局所宇宙にしか存在することができない。
 エルヴィン・シュレジンガー(オーストリア、1887〜1961年)が構築した波動理論における 「波動方程式」 はその後の物理学において最も基本的な方程式と言われている。 物質としての量子がもつ波動性と粒子性の二重性はかくなる方程式によって初めて 「数式化」 されたのである。 方程式には 「波動関数」 と呼ばれるまったく新しい量が登場する。 波動関数は物質の粒子性と波動性の両面の性質を考慮して、ふるまいのすべてが詳細に説明されている。 さらにボールのような巨視的物体の場合は、ニュートン力学の各方程式へと書き直されるように組み立てられ日常世界でも使えるようにした。 その後、マックス・ボルンによって波動関数の2乗がある瞬間にある場所でその量子を見つける確率を示していることがわかった。 すべての系は波動関数により説明され、「ある瞬間、ある位置で(ある時空間で)、あるもの」 が見つかったとたんに、すべての可能性を示していた波動関数は収縮し、その時空間は 「あるひとつのもの」 に現実化する。 この収縮は観測や測定という行為によってなされる。 この状況を換言すれば、観測されるまで量子は波動性をおびて 「どこにもいてどこにもいない」 状態であるが 「ある瞬間、ある位置」 で観測されるや、すべての可能性は消滅し、ある 「ひとつの時空間」 に現実化する。 波動性を失った量子は 「粒子性に転化」 し、もはや 「そこにしか」 存在することができない。
 シュレジンガーの波動理論の帰結は、量子もつれが実証した非局所的宇宙の 「ひとつの断面」 を語っていると考えてしかるべきである。
2026.03.07
経路積分
 従来の量子論で電子の未来のふるまいを予測しようとすれば、実験が始まる時点における電子の運動量やエネルギといった情報(初期状態)が、実験が終わる時点におけるそれらの情報(終期状態)がどうなったのかを計算するか、少なくともある特定の終期状態に達する確率を計算する必要があった。 そのためには微分方程式を解かなくてはならなかったが、リチャード・ファインマン(米国、1918〜1988年)が考え出した 「経路積分」 という方法では、この微分方程式を解く必要性がなかった。 その方法とは、電子が初期状態から終期状態までにたどる可能性がある 「すべての経路」 をあるルールに従って足し合わせるというものであった。 従来のニュートン力学の世界では、素粒子は、われわれの日常世界での物体がそうであるように 「決まった経路を通る」 とされていた。 しかし、量子世界では、電子は宇宙を踊るように飛び回っているのであって、それ以外の経路についても考慮しなくてはならないのである。 電子が宇宙の彼方まで旅したり、時間的にジグザグにさかのぼったり、進んだりする経路を無視するわけにはいかないのである。 これらの経路をたどると、自然は何の制御も受けず、通常のルートを無視しているように見えるのである。
 ファインマンは 「いろいろな出来事を時間の順序で並べるのは的はずれであって、すべての経路を加算すれば実験者が観察する最終的な量子状態に至っている」 と主張したのである。
 ファインマンの経路積分の帰結は、量子もつれが実証した非局所的宇宙の 「ひとつの断面」 を語っていると考えてしかるべきである。
2026.03.08
局所情報は未知か既知か
 量子もつれにおける 「局所の情報」 が宇宙全域に瞬時に伝達されるとする 「瞬時」 が時間経過がわずかでもある瞬時なのか、それとも時間経過がまったくない瞬時なのかによって、その後の事情は大きくかわってくる。 時間経過がわずかでもある瞬時であれば、伝達される情報は宇宙全体にとってはいまだ知られていない 「未知なる情報」 となるし、時間経過がまったくない瞬時であれば、伝達される情報は宇宙全体にとっては宇宙全体にとってすでに知られている 「既知なる情報」 ということになる。
 量子もつれの情報が光よりも速く伝わる物理的効果によって連絡しあっているとする非局所性の帰結を相対性理論に適用すれば、その瞬時とは時間経過をともなわない 「既知なる情報」 ということになる。 そうであれば、その情報は 「宇宙で起きる出来事のあらゆる可能性」 のことであって、その可能性は 「すでにして試し終わっている」 ものである。 しかしてそれは、すでにして宇宙に組み込まれている(インストールされている) 「宇宙の内蔵秩序」 のことに他ならない。
 そうであれば、我々の人生とは、その試し終わっている 「既知なる可能性」 を追認する(トレースする)に過ぎないという 「運命論」 に近づいていく。 であればいくらあがいてみても結果は同じということになってしまう。 それは哲学者ニーチェが思考した 「永遠回帰説」 が述べる 「円環を為す人生」 と等価的に一致する。
 ニーチェの永遠回帰説は、量子もつれが実証した非局所的宇宙の 「ひとつの断面」 を語っていると考えてしかるべきである。
2026.03.09
実験的経路積分紀行
 以下の記載は第1863回 「実験的経路積分紀行〜どこにもいてどこにもいない」 からの抜粋である。
 量子の世界では、物質は波動性と粒子性という2重の性質をもっている。 但し、波動性を観測したとたんに粒子性は消え、粒子性を観測したとたんに波動性は消えてしまう。 同時に観測することはできない。 この状況を私的現実として説明すれば 「私という物質は観測されるまでは宇宙全域に波動のごとく広がっていて、どこにもいてどこにもいない状態である。 だがひとたび宇宙の局所で私が観測されるやいなや、波動性としての私は消滅し(私のあらゆる可能性は消滅し)、粒子性に転化した私はその局所にしか存在することができない」 と表現される。
 量子の2重性を表現するもうひとつの方法は 「量子はあらゆる可能性を事前に試みる」 というものである。 たとえば台風の進路は進行方向に開いた扇形の確率で示されるが、我々が観測する進路はその中のたったひとつの進路のみである。 だが台風自身はその扇形の進路すべてをすでに事前に試みているのである。 この場合、扇形で示された確率的な進路が波動性であり、観測されたひとつの進路が粒子性にあたる。 私は長きに渡って故郷である信州各地を巡り歩いてきた。 つまり、私は波動のごとく信州全域に広がっていて、どこにもいてどこにもいない状態であった。 連載している 「信州つれづれ紀行」 には量子としての私の局所における位置プロットデータが表示されている。 この状況を物理学的な解釈をもって解説すると、私はこの信州紀行を始める時点で、すでに 「あらゆる可能なルートを試し終わっていた」 のであって、私の 「量子としての位置プロットデータの分布」 とは、始める時点ですでに試みられていた波動性の確率分布であったというものである。 量子は一瞬の刹那に時空を超えて 「あらゆる可能性」 を把握し、体験してしまうのである。
 これから導かれる帰結は、私の一生とは、この世に生まれ出た時点において、確率的に可能なあらゆる人生がすでに試みられていて、「私の人生とは1個の粒子として生涯をかけてその波動性確率分布をトレースするにすぎない」 という 「運命論」 に限りなく近づいていく。
 これらの思考は 「ファインマンの経路積分」 から導かれたものである。 ファインマンは 「いろいろな出来事を時間の順序で並べるのは的はずれであって、すべての経路を加算すれば実験者が観察する最終的な量子状態に至る」 と主張した。 「出来事を時間の順序で並べるのは的はずれである」 というファインマンの主張は 「過去・現在・未来と連続する線形時間は存在しない」 とする私の主張と通底で一致する。 その主張の意味するところは 「過去と未来は現在に含まれていて」 その中からあるある過去が、ある未来が、今の今である現在としての現実空間に象出するというものであって、それらがたどる運動軌跡は紙や意識のキャンパスに描くことはできても、実在としての現実空間に描くことはできないというものである。
 そうであれば 「信州つれづれ紀行」 とは自らの体験をもって試行された 「実験的経路積分紀行」 であって、それはまた量子もつれが実証した非局所的宇宙の 「ひとつの断面」 を語っていると考えてしかるべきである。
2026.03.10
空海と道元
 真言宗の開祖、弘法大師空海が説いた密教の中心仏である大日如来は 「宇宙仏」 であるといわれる。 その宇宙を体現した大日如来を空海は 「零(0)」 であるという。 それは 「最大であるとともに最小である」 という。 それはまた 「どこにもいてどこにもいない」 という。
 空海は生涯を代表する大作となった 「秘密曼荼羅十住心論」 をみずからが要約した 「秘蔵宝鑰」 の序文最終行に、「太始と太終の闇」 と題した以下の偈(詩文)を遺している。
三界の狂人は狂せることを知らず
四生の盲者は盲なることを識らず
生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終わりに冥し
 かくなる偈を書き終えて5年後、空海は62歳で高野山に入定(入滅)している。 自らの入定に先だち 「私は兜率天へのぼり弥勒菩薩の御前に参るであろう、そして56億7000万年後、私は必ず弥勒菩薩とともに下生する」 と弟子たちに遺告した。 弥勒菩薩とは、釈迦の弟子で、死後、天上の兜率天に生まれ、釈迦の滅後、56億7000万年後に再び人間世界に下生し、出家修道して悟りを開き、竜華樹の下で三度の説法を行い、釈迦滅後の人々を救うといわれている菩薩である。 空海は若き日より兜率天の弥勒菩薩のもとへ行くことが生涯の目標であったのである。
 死後、空海の教えは 「高野聖」 と呼ばれる下級僧侶によって全国に流布された。 彼らは高野山から諸地方に出向き、勧進と呼ばれる募金活動のために勧化、唱導、納骨などを行ったのである。 弘法大師にして 「返照金剛」 であった空海の名跡が今もなお光を失わないのは彼らの貢献によるところ大であろう。 各地にのこる 「弘法」 の名を冠した池や山の多くは、弘法大師空海に成り代わって行った彼らの勤行の痕跡である。 それはまた自らを零とした空海が理想とした 「どこにもいてどこにもいない」 という本願がこの世に実現した 「空海の風景」 であった。
※)返照金剛とは大日如来の別名であって、唐に留学した空海が密教の真髄を極め、正統な後継者として師の恵果阿闍梨から受けた称号(灌頂名)である。
 
 曹洞宗の開祖、道元禅師が著した 「正法眼蔵」 に 「而今(じこん)」 という言葉が登場する。 而今とは 「今この一瞬」 の意である。 道元は 「過去もなく 未来もない ただ今があるのみ 今の刹那を生きるのだから 何をするにしても心を込めなさい」 と諭した。
 さらに道元は正法眼蔵の 「有時(うじ)」 の巻で、独特の時間論を展開している。 「有時」 は 「有る」 という字に 「時」 と書く。 この 「有る」 は 「存在」 のことで、人間に焦点をあて、「有時」 と一語にしたのは、自分を抜きにして時は存在し得ないということを表現しようとしたからである。 その中で道元は 「時はひとりでに過ぎ去っていくものだと考えてはならない」 と述べている。 また 「一瞬一瞬に自分という存在を滑り込ませつつ時は生み出されていくものである」 とも述べている。 道元は 「この自分という存在と一体の時間を生きる今」 とはどうあるべきかを問いかけ、而今としての 「今この一瞬」 の時間としっかりと向き合って生きる時、その人にとっての時間とは、単に一方向に過ぎ行く流れではなくなり、前方にも後方にも、左右にも、上下にも、さまざまな広がりを持って展開されていくものとなると結言した。
 存在に含まれている意味をとり出すことを哲学者大森荘蔵は、その著書 「時間と存在」 の中で 「存在の時めき」 と呼んだ。 けだし名言である。 大森はさらにこの 「存在の時めき」 は道元が 「正法眼蔵」 で 「有時」 と呼んだものに他ならないと述べている。
 道元は、以下のような言葉を遺して 「宇宙への同化」 を諭している。
仏道をならうとは 自己をならうことである
自己をならうとは 自己を忘れることである
自己を忘れることは 万法に証せられることである
万法に証せられるとは 自己の心身をも他己の心身をも脱ぎ捨てることである
 弟子に向けての修行法が簡潔にして明快な文章をもって見事に説かれている。 だがそこには確とした 「時間軸」 が示されておらず、かくなる修行法において過去や未来がどのように関係しているのかが不明である。 悟るためにではなく 「ただ坐禅する」 という 「只管打坐(しかんたざ)」 を旨とする道元の坐禅観からすれば時間などはことさら説明する必要はなかったのかもしれない。 禅宗の始祖とされる達磨大師がインドから中国に渡って以後、嵩山(洛陽の東方にある山)の少林寺に籠もって 「九年間」 も壁に向かって座禅を組み続けて悟りを開いたという故事を鑑みれば、「さもありなん」 のくだりである。
 空海の 「秘密曼荼羅」 にして、道元の 「正法眼蔵」 にして、その説くところは、量子もつれが実証した非局所的宇宙の 「ひとつの断面」 を語っていると考えてしかるべきである。
2026.03.11
宇宙物語の背景
 さまざまな視点からの 「非局所的宇宙の相貌」 を描いてきたが、ここまでくると宇宙領域のセンターレス(無中心)とボーダーレス(無境界)を説く 「非局所的宇宙の風景」 が 「宇宙物語の背景」 を成しているようにみえてくる。 さまざまな宇宙の物語は、この背景の中で展開しているようにみえるのである。 換言すれば、非局所的宇宙という舞台のうえで、さまざまな宇宙の物語が演じられているようにみえるのである。
 しかしてその物語の演目とは 「シンプルな宇宙」 である。 シンプルな宇宙とは、過去・現在・未来と連続する線形時間を廃したところから生まれる 「現在だけの宇宙」 であって、過去と未来はその現在に含まれているとする宇宙である。 現在だけの宇宙であってみれば、物語の運動軌跡は存在しない。 依って、演じられる物語は 「連なった世界の物語」 ではなく、「重なった世界の物語」であるということになる。 重層的に重なった物語の 「とある場面」 から別の 「とある場面」 への移行は両場面の間に掛け渡された時空のトンネルとしての 「意識ワームホール」 を通過することでなされる。
 以下の記述は非局所的宇宙を背景にして展開する 「シンプルな宇宙」 を要約したものである。
その宇宙には時間がなく、さまざまな過去と未来が重層的に重なった、現在だけがある
その宇宙には空間がなく、さまざまな現在が重層的に重なった、仕組みだけがある
 宇宙物語の登場人物である我々は、その宇宙を棲みかとして徒然なるままに日暮らしている。 いったい 「何をあて」 にして生きているというのであろうか? 畢竟如何。
2026.03.15

2026.03.16


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