Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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優雅なる生活〜最高の復讐
 1920年代のフランス。 祖国アメリカを離れたマーフィ夫妻は、パリ、そして地中海岸のアンティーブで、類まれな優雅な生活をおくっていた。 ピカソ、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドなど時代を代表する才能ある人々を自宅に招き、彼らの創作活動に大きな影響を与えた。 夫妻にとっては完璧にデザインされた日々の生活や、もてなしそのものが彼らの 「作品」 であった。 当時のアメリカ上流階級の退屈な生活や冷ややかな視線に対して自分たちが愛する生活を華やかに楽しむことで 「優雅にして最高の復讐」 をしたのである。 その最高の復讐とは、「最も賢く上品な復讐という意味であって、他人と比較せず、心豊かに暮らすことで、過去や敵から解放される」 ことを指していた。
  「優雅な生活が最高の復讐である」 はそんなマーフィ夫妻のあざやかな生活を追いかけたカルヴィン・トムキンズによる、もはや古典ともなったノンフィクションの傑作である。 またフィッツジェラルドの小説 「夜はやさし」 はマーフィ夫妻の華やかで少し切ない黄金時代を描いた名作である。
 「安井かずみの風景〜優雅な生活が最高の復讐である」 はそんなマーフィ夫妻の生き方を実現したかのような安井かずみ夫妻の優雅なる生活を描いたドキュメントである。
 日本のトノヴァンと呼ばれた加藤和彦と結婚してからの安井は生活スタイルを一変させた。 それまでの人間関係を大胆に切り捨て、2人だけの排他的な生活を始める。 その生活はゴージャスであるとともにスタイリッシュであり、インテリジェンスであるとともにひどく優雅であった。 世界中の街から街へと旅し、時としてその街に住みついては暮らす。 それはまさに 「世界は2人のために」 を地でいくような生き方であった。 だが青天の霹靂のごとく襲った安井の発癌で旅は終着を迎える。
 安井が行き着いた最期の言葉は 「金色のダンスシューズが散らばって、私は人形のよう」 であった。 他方、加藤は通夜の席で 「妻が神のもとに旅立っても私はいまだに夫婦だと思っています。 悲しくなんかありません。 ただ淋しいけれど ・・」 とスピーチした。
 安井かずみが生きた時代とは、戦後日本が急成長をとげ豊かさを手にしつつあった頃である。 そんな時代を一抹の閃光を発するように安井かずみは優雅に颯爽と駆け抜けていった。 「安井かずみの風景」 とはまぎれもなく近代日本が背負ったひとつの断面風景である。 「優雅な生活が最高の復讐である」 とする表題は、また我々現代人に投げかけられた問いでもある。

2026.03.31


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