Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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球形の荒野〜世界は今
 科学哲学エッセイ 「 Pairpole 」(1999年刊行) の中で、私は現代社会は水平的地域として 「東京砂漠」 であり、垂直的歴史感情として 「傷だらけの人生」 であり、それらが覆う地球は 「球形の荒野」 であると書いた。 それは20世紀末のミレニアム(千年紀)のことであった。
 「球形の荒野」 とは松本清張の長編推理小説(1962年刊行)の題名で映画化もされている。 それから数えれば60年余りの年月が経過した。 地球を球形の荒野に見立てた松本清張の鋭敏な直観は今にして現実のものになろうとしている。 それは近代科学文明がもたらした自然環境破壊の現状であり、加速する経済のグローバル化がもたらした格差社会による精神の荒廃と対立の様相である。 我々は球形の荒野の片隅に生きるしかすべはないのか? はたして現代社会は天国なのか? それとも地獄なのか? 現代社会が物質的豊饒に満たされていることからすれば天国のようにみえるが、その生活が精神的飢餓に苛まれていることからすれば地獄のようにもみえる。
 他方、縄文社会が物質的豊饒であったかどうかはともかく、その生活が精神的豊饒に満たされていたであろうことは想像に難くない。 その精神的豊饒の風景を 「縄文アバンギャルド」 の末尾では以下のように描いている。
 国宝の縄文土偶である 「縄文のビーナスが出土した棚畑遺跡」 と 「仮面の女神が出土した中ッ原遺跡」 を訪れた日はうち続く猛暑日のさなかであった。 頭上の陽光は容赦なく照り続け額からは止めどなく汗が流れ落ちた。 遺跡には訪れる人影もなく蝉の声だけが静寂の空間にこだましている。 やがて思いは縄文の時空へと回帰していった。 人工物は視界から去り、かわって原始の森が姿を現す。 列島にあった 1万2000年 に渡る悠久な時間の歯車がおもむろに回り始め、もろびとが囲む広場の中央で魅惑のビーナスと女神が妖しく踊り出す。 漆黒の闇の中でかがり火は燃えさかり、豊饒に捧げる祭りはいつ果てることもなく続いていく。 アバンギャルドというのであれば、縄文人ぐらいアバンギャルドな人々は他にそう多くはないであろう。 かくこのようにその自立した文化様式を変えることなく 1万2000年 に渡って守り続け得た 「強靱な人間力」 は奇蹟に値する。 それに引き換え、その後を引き継いだ管理社会が始まった弥生時代からいまだ 2200年 ほどしか経過していないのに、様相は 「このありさま」 である。
 ゆく道は、物質的豊饒かそれとも精神的豊饒か? デジタル的生活かそれともアナログ的生活か? 成長かそれとも安定か? 人類は今、渺茫(びょうぼう)たる 「球形の荒野」 を前にして立ち尽くしている。
 
 映画 「マッドマックス」 は1979年公開のオーストラリアのアクション映画で、主演のメル・ギブソンはこの作品で世に出た。 ストーリーはともかく作品の背景として描かれた近未来社会の風景が強烈な印象として脳裏にのこっている。 世界規模の大戦争が勃発して文明は崩壊。 宇宙進出をめざすなどとした人類の近未来の想像を根底から覆す 「殺伐とした描写」 は世界各地に衝撃を与えた。
 経済が発展すればするほど人間に対する信頼感が失われていくのはどうしたことか? かっての社会には 「信義に応じてそれを為さなければならない」 とする強い使命感があった。 今日本は経済的低迷から脱出しようと懸命になっているが、見据えるものは金銭的価値観に応じた経済的合理性のみのようにみえる。 このまま行くと都会は 「東京砂漠」 のような、しかして田舎は 「マッドマックス」 のような無機質で虚無的な殺伐たる風景に満たされてしまうのではないかという既視感に苛まれる。
 
 かくしてアメリカである。 アメリカファーストのフラッグをなびかせ黄金に装飾された巨大なトランプトラックが球形の荒野を我がもの顔で爆走していく。 これからカナダを傘下に収め、その先に広がるグリーンランドを買いにいくのだという。 昨日はメキシコ湾をアメリカ湾と改め、パナマ運河を手に入れると豪語し、その舌の根も乾かぬうちに、今日は中東パレスチナのガザを所有すると言い放つ。 いずれも他国の領土であるのだが、トランプ氏はそんなことは一顧だにしない。 なにせ彼は不動産王なのである。 彼をこれほどまでに成りあげさせたものは 「3つの勝利の法則」 であるという。 曰く、「攻撃し続ける、非を認めない、負けを認めない」 である。 不動産王の手法としてはともかく、世界を牽引するアメリカ合衆国大統領の手法としてはいかがなものであろう。
 量子もつれが実証した非局所的宇宙の帰結からすれば、破天荒なトランプ大統領が地球全域を主体的に計れるからといって、周囲3キロの局所を主体的に計れるかどうかは定かではない。 何人(なんびと)も細部をおろそかにして全体を生きることなどできないのである。 パクスロマーナの全盛を誇ったローマ帝国も 200年 程で衰亡してしまった。 パクスアメリカーナを築いたアメリカ合衆国はかくなる 「歴史の轍」 をゆめゆめ忘れてはならない。 そして今、世界はまさに球形の荒野そのものである。 どこでこれほどまでに道を違えたというのであろう。 暗澹たる思いはやむことがない。
※)パクスロマーナ(ローマによる平和の意)
 紀元前27年のアウグストゥスによる帝政確立から五賢帝時代まで約200年間続いた。 広大な版図内の政治と治安は安定し、経済と文化も発展した。
※)パクスアメリカーナ(アメリカによる平和の意)
 第二次世界大戦後、超大国となったアメリカは自国通貨のドルを基軸通貨とする経済体制を確立させ、圧倒的な経済力をもち、軍事的にも唯一の核兵器所有国であった。 だがその影響力にも今やかげりがみられるようになってきている。

2026.03.25


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