| 人類の最大の特徴は意識を所有したことである。
他に意識を所有している生きものが存在するかどうか寡聞にして私は知らない。 さらに、その意識を表現する言語を所有する生きものともなれば他に類をみない。
ついには、意識を言語を使って記録する方法を生みだした生きものなど空前絶後であって、まさに 「万物の霊長」 そのものの姿である。
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| しかしながら、意識が言語で記憶(記録)されるようになると
「言語と意識の相剋」 が発生する。 言語で記憶された意識が 「意識そのもの」 を語っているのかとする問いである。 言語記憶の再生はローカル(局所的)ではなく、ノン・ローカル(非局所的)の場においてである。
言葉がノン・ローカルの場で 「普遍性」 をもつためには、言語記憶が 「場所の記憶」 とつながっていなければならない。 言うなれば、その再生には
「ローカルな場所」 の記憶が必要なのである。 その言葉は 「いつ」、「どこで」、「だれ」 によって発せられたのかという 「状況」、言うなれば
「場面」 である。
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| 本稿で私が 「○○の場面」、あるいは 「○○の風景」
という言葉を多用して 「意識場面を語る」 のはそのためである。 重要な意識を語る言葉には、それなりの 「ローカルな場面」 が必要不可欠なのである。
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