Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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自由人への希求〜境界なき宇宙に向けて
 相対性理論を構築したアルベルト・アインシュタインは量子論に否定的であった。 そこでアインシュタインとその同僚は 「EPRパラドックス」 と呼ばれる思考実験を考えついた。 相互作用を及ぼしているふたつの回転する粒子が、その後、遠く離ればなれになったとする。 そのふたつの粒子はそれぞれ反対方向のスピンをしている。 ゆえにA粒子のスピンを観測すればB粒子のスピンの向きを推論できる。 しかし、量子論の解釈によれば、観測が行われるまでは両方の粒子がむちゃくちゃな状態で回転している。 だがA粒子のスピンが観測された瞬間に、回転の向きが右か左かに確定する。 もし右であればB粒子のスピンの向きは左ということである。 この結果はふたつの粒子が何億光年と離れていようとも同じである。 遠距離で働くこの作用はふたつの粒子が 「光よりも速く伝わる物理的効果」 によって連絡しあっていることを意味しているのだ。 アインシュタインが信じて疑わない相対性理論では、光速を超える存在は否定されているのであるから、「量子論は間違い」 であるというわけである。 この思考実験は 「量子もつれ」 と呼ばれ、両者の論争は100年近くに渡って続けられてきたが、1982年、パリの応用光学理論研究所のアラン・アスペによって現実として確認された。 宇宙の遠く離れた領域にあるふたつの量子粒子がどういうわけかひとつの物理的実在となっていたのである。 その後スウェーデンの王立科学アカデミーが、2022年10月4日、「量子もつれの実証」 をもって、フランスのアラン・アスペ教授ら3人にノーベル物理学賞を授与したことで、「量子論の正当性」 が公知なものとして広く認められたのである。
 だがそうであれば、アインシュタインの 「相対性理論の正当性」 はどうなってしまうのであろうか? いまだ納得できる説明はなされていないが、ひとつ 「解答らしきもの」 がある。 「宇宙とは現象である」 と言ったジョン・アーチボルト・ウィーラー(米1911〜2008年)は、量子論を唱えたニールス・ボーアの弟子にして、相対性理論を提唱したアルベルト・アインシュタインの共同研究者でもあった 「詩心をもった物理学者」 である。 「ワームホール」 や 「ブラックホール」 の命名者としても知られている。 ウィーラーは 「現実はすべて物理的なものではないかもしれない」 と問題提起した最初の物理学者である。 我々の宇宙は 「観測行為と意識を必要とする参加方式の現象かもしれない」 というのである。 ウィーラーは 「人間原理」 の普及にもひと役かった。 人間原理とは 「宇宙がこのような状態になっているのは、もし他の状態だったら人間がここにいて宇宙を観測することができないから」 という人間主体の原理である。 結局。 量子もつれの実証がもたらした物質から意識への大転換は 「宇宙が人間の意識的観測によって存在する」 という意識的存在論の妥当性を述べているのである。 化石でも幽霊でもない 「人間の存在理由」 はここ依拠するのであって、それがまた 「人間の存在意義」 なのである。
 「量子もつれの実証」 が明らかにした 「非局所性(宇宙には局所がない)」 とは、この宇宙における現象が宇宙の果てほどに遠く離れた場所であっても、相互に絡み合い影響し合っているとする性質のことである。 宇宙が非局所的であれば、絡み合っている 「相互の情報」 が超光速度で交信されていることであって、アインシュタインの相対性理論が規定した 「時間と空間で構成された宇宙(時空間)の概念」 が唯一絶対なものではないことを意味する。 それはまた時間も空間もない 「シンプルな宇宙」 の構造そのものである。 つまり、「宇宙とはあらゆる存在が境界なく非局所的に連続する仕組みそのものである」 という構造概念である。
 シュレジンガーの波動理論によれば、量子は観測されるまでは 「波動性」 をおびて、宇宙全域の 「どこにもいてどこにもいない」 存在であるが、宇宙の局所でひとたび観測されるや、量子の波動性は失われ、物質としての 「粒子性」 に転化した量子は 「もはやそこにしか」 存在することができない。 この局所での観測結果の情報は瞬時に宇宙全域に伝達され 「ひとつの宇宙」 として一体化され確定する。かくなる波動理論の帰結は、「実証された量子もつれ」 のひとつの断面を語っている。 それはまた 「宇宙に内在する非局所性の存在証明」 でもある。 ひと言で言えば、宇宙には局所的な細部(ローカル)はなく、すべてが非局所的な全体(グローバル)である。 還元すれば、宇宙は 「ボーダーレス(無境界)で、センターレス(無中心)」 である。

2025.08.30


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