Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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波動関数の収縮と非局所性〜謎の黒婦人の正体とは
 ジョン・アーチボルトが提起した 「宇宙は観測行為と意識を必要とする参加方式の現象かもしれない」 との説は、「シュレジンガーの波動理論」 から導かれたものであろう。
 波動理論はシュレジンガーがダボスのスキーリゾートの近くにある保養地アロサに愛人とともに滞在していたおよそ12ヶ月の間に書き上げられた。 後の科学にあまりにも偉大で、かつ計り知れない影響を及ぼした 「創造的思考」 はこの奇跡の時間の中でなされたのである。 シェイクスピアのソネットに謳われた黒婦人のようにアロサの婦人は今も謎のままである。
 物理学と化学で用いられるすべての方程式を説明するこの理論は画期的であり強力な知的思考ツールである。 彼の方程式には 「波動関数」 と呼ばれるまったく新しい量が登場する。 波動関数は物質の粒子性と波動性の両面の性質を考慮し、ふるまいのすべてを詳細に説明している。 また彼はボールのような巨視的物体の場合はニュートン力学の各方程式へと書き直されるように組み立てることで日常世界でも使えるようにしたのである。
 その後、マックス・ボルンにより波動関数の2乗がある瞬間にある場所でその粒子を見つける確率を示していることがわかった。 すべての系は波動関数により説明され、ある瞬間にある位置で(ある時空間で)あるものが見つかったとたんに、このすべての可能性を示していた波動関数が収縮し、その時空間はあるひとつのものに現実化する。 この収縮は観測や測定という行為によってなされる。
 街の歓楽街には幾多の飲食店がひしめいている。 私がそのどこかの店に入る前までの状態は波動関数により説明される。 それはさまざまな可能性の数式である。 それが、私がとある店のドアを開けたとたんに収縮しその可能性の中のひとつが現実化する。 それは、私がその歓楽街の他のいかなる店にもいないことの確定であり、その歓楽街全体の波動関数は収縮しその歓楽街もひとつの時空間として現実化し固定される。 私とその歓楽街に位置するさまざまな店との間には確率的に幾通りもの道筋がある。 ファインマンの 「歴史総和法」 によれば、私はありとあらゆる可能な道筋を試そうとする。 私は何らかの方法でその歓楽街の時空間全体に広がっており、まったくでたらめな方法ですべての店につながっているとともに、その私が私自身と干渉しあっている。 私は同時に歓楽街のすべての店に存在し、かつどこの店にも存在しない。 しかし、私がとある店のドアを開けるやいなや、言い換えれば、その歓楽街の片隅のその店という局所で私が観測されるやいなや、確率的可能性でしかなかった宇宙から、たったひとつの宇宙に収縮し、その宇宙の片隅のとある繁華街のとある店のまわりに広がる時空間全体を現実化し固定化するのである。
 私にはシュレジンガーの波動理論に登場する波動関数こそが、姿を変えた 「アロサの黒婦人」 のように思える。 彼はその黒婦人に魅入られ、そして導かれ、奇跡のような12ヶ月におよぶ創造的思考を実現したのであろう。 そして、それはまた我々が生きている不可思議な宇宙のそこかしこに 「ちらりと姿をかいま見せる謎の黒婦人」 でもある。 この謎の黒婦人をしっかりとつかまえベールに隠された素顔を見たものは未だ誰もいない。 だが波動関数を収縮させる意識的観測によって生まれる宇宙が非局所性に支配された宇宙であってみれば、波動関数の収縮と非局所性の間には強い因果関係があってしかるべきである。 そうであれば、宇宙の非局所性こそが 「謎の黒婦人の正体」 なのかもしれない。

2025.01.13


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