Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
Turn

秘密曼荼羅と量子論〜永遠の生命
 空海が創始した真言密教の 「秘密曼荼羅の世界観」 は現代理論物理学が語る 「量子力学の世界観」 を観るようである。 密教の中心仏である大日如来は 「宇宙仏」 であるといわれる。 その宇宙を体現した大日如来を空海は 「零(0)」 であるという。
 それは 「最大であるとともに最小である」 という。 その構造はフランスの数学者、ブノワ・マンデルブロがいう 「細部は全体であるとともに全体は細部である」 とする 「宇宙のフラクタル構造」 に相似する。 さらに 「どこにもいてどこにもいない」 という。 その構造はシュレジンガーの波動理論がいう 「あらゆる場所に存在して、またあらゆる場所に存在しない」 とする 「宇宙の量子構造」 に相似する。 存在としての量子は 「波動と粒子の二重性」 をもっていて、意識的観測が成されるまでの量子は 「波動性をおびて」 宇宙空間の全域に広がり、そのどこにも存在し、かつまたどこにも存在しない状態である。 だがひとたび宇宙の局所で意識的観測が成されるや 「粒子性をおびて」 宇宙空間の局所(そこ)にしか存在できない。 空海が唱えた 「仏として生きる」 とする求道精神は、これらの量子性を体現したものであろう。
 生涯を代表する大作となった 「秘密曼荼羅十住心論」 を書き終えた空海は、承和2年(835年)、62歳で高野山奥の院に入定(永遠の瞑想)した。 入定に先だち 「私は兜率天へのぼり弥勒菩薩の御前に参るであろう、そして56億7000万年後、私は必ず弥勒菩薩とともに下生する」 と弟子たちに遺告した。 弥勒菩薩とは、釈迦の弟子で、死後、天上の兜率天に生まれ、釈迦の滅後、56億7000万年後に再び人間世界に下生し、出家修道して悟りを開き、竜華樹の下で三度の説法を行い、釈迦滅後の人々を救うといわれている菩薩である。 空海は若き日より兜率天の弥勒菩薩のもとへ行くことが生涯の目標であった。
 以来、現在に至るまでの 「1200年間」 に渡って、空海は 「どこにもいてどこにもいない存在」 として、生き続けてきたのである。 56億7000万年後に必ずや弥勒菩薩とともにこの世に下生すると遺告した空海であってみれば、これから先も尚、「どこにもいてどこにもいない存在」 として生き続けることであろう。 すべては彼が画した 「即身」 のなせる業であるのだが、ここまでくれば、もはや 「永遠の生命かくあるか」 と称賛するしか他に言葉がない。

2024.08.10


copyright © Squarenet