Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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エネルギ保存の法則〜何をどう生きても
 「エネルギ保存の法則」 はこの世における最も基本的な物理法則である。 その法則をひとことで言えば 「万物事象の物理的エネルギ総量は一定に保たれる」 と表現される。 例えば、万物事象のエネルギが機械エネルギから電気エネルギに変化したとしてもエネルギ量は一定に保たれる。 さらに言えば、A地点 から山の向こう側にある B地点 に移動するに際し、いかなるルートを採っても、必要とする物理的エネルギ量は同じである。 山の頂を越えて行こうが、山麓を迂回して行こうが同じである。
 以上の説明は 「物理的なエネルギ」 の話であって、「意識的なエネルギ」 としての 「気分」 は異なるであろう。 A地点 から急坂を登って山頂からのパノラマ展望を楽しんだあと急坂を下って B地点 に行くのと、A地点 から山裾のお花畑を眺めながら B地点 に行くのとでは応分に気分が異なることは容易に想像できることである。
 但し、気分が 「エネルギ」 かと問われれば、返答に窮するところではあるが、この世の出来事は 「何かが良ければ何かが悪い」 というのが常である。 しかして、「山頂でのパノラマ展望の気分」 と 「山裾でのお花畑の気分」 の優劣は計量不能である。 だが 「計量不能を同じ」 と解すれば、山の頂を越えて行こうが、山麓を迂回して行こうが、両者の 「気分エネルギ」 は同じということになる。
 現代理論物理学が説明する 「意識と物質の狭間」 は 「ゆらぎの状態」 にある。 端的に言えば、物質は意識であり、意識は物質である。 そうであれば、「物理的エネルギの保存法則」 はまた 「意識的エネルギの保存法則」 であって 「等価構造」 を成していることになる。 しかり、万物事象の意識的エネルギ総量は一定に保たれるとともに、A地点 から B地点 への移動において、いかなる経路を採っても、必要とする意識的エネルギ量は同じである。
 以上を還元すれば、この宇宙(世界)では 「何をどう生きても」 必要とするエネルギ量は同じである。 頑張る人も頑張らない人も、急ぐ人も急がない人も、近道する人も遠回りする人も、抜け駆けする人もしない人も、前向きな人も後ろ向きな人も ・・ その他、あらゆる態様において同じである。 エネルギ保存の法則が 「この世における最も基本的な法則」 である所以はここにある。
物質と意識の狭間に関しては以下の稿を参照

2024.04.22


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