Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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相対的主観〜末人への道
 哲学者ニーチェが希求した超人とは、個の自己人生の自律と、厳しい自己責任の上に依って立つ 「絶対的主体性」 から導かれた絶対的主観で生きる人間像であるが、その対極にある人間像がニーチェが未来に登場するであろうと予言した人倫の天秤による全体に対する 「個の相対的主観」 で生きる 「末人」 である。 その末人の姿をニーチェは以下のように描いている。
末人は一番長く生きる。
彼らは生き難い土地を去る。 温かさが必要だから。
彼らは隣人を愛しており、隣人に身体を擦りつける。 温かさが必要だから。
病になること、不信を抱くことは、彼らにとっては悪となる。
彼らはいつも警戒し、ゆっくりと歩く。
なぜなら石にけつまずくもの、人間関係で摩擦を起こすものは
彼らにとって馬鹿者だから!
彼らはほんの少しの毒をときどき飲む。 それで気持ちの良い夢を見る為に。
そして最後には多くの毒を。 そして気持ち良くなって死んでゆく。
彼らもやはり働く。 なぜかといえば労働は慰みだから。
しかし慰みが身体に障ることのないよう彼らは気を付ける。
彼らは貧しくもなく、富んでもいない。
どちらにしても煩わしいのだから。
誰がいまさら人々を統治しようと思うだろう?
誰がいまさら他人に服従しようと思うだろう?
どちらにしても煩わしいだけだ。
既に牧人さえなく、畜群だけ!
飼い主のいない、ひとつの蓄群!
誰もが平等を欲し、誰もが平等であることを望んでいる。
みなと考え方が違う者は、自ら精神病院へ向かってゆく。
「昔の世の中は狂っていた」 と、この洗練されたおしまいの人たちは言い、目をまばたかせる。
彼らは賢く、世の中に起きる物事をなんでも知っている。
そして、何もかもが彼らの嘲笑の種となる。
彼らもやはり喧嘩はするものの、じきに和解する。
・・ さもないと胃腸を壊す恐れがあるのだから。
彼らも小さな昼の喜び、小さな夜の喜びを持っている。
しかし、彼らは常に健康を尊重する。
そして 「われわれは幸福を作りだした」 ・・ こう末人たちは言い、目をまばたかせる。
 以下は 第713回 「三島由紀夫の予言」 からの抜粋である。
 私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。 このまま行ったら 「日本」 はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。 日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。 それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。
 三島が予言した来るべき日本人の姿は、ニーチェが予言した末人の姿に相似する。 三島もまた、ニーチェ同様に超人の到来を希求していたのかもしれない。

2024.01.15


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