例えば、私が松本市の片隅で観測されるまで、私という1個の物質は波動状態として霞のごとく宇宙全域に広がっている。
この状態を量子物理学では、私は 「宇宙のあらゆる場所に存在していて、またあらゆる場所に存在していない」 と表現する。 (空海はそれを
「どこにもいてどこにもいない」 と表現する) だがひとたび松本市の片隅で意識的観測が行なわれるや、波動状態として霞のごとく宇宙全域に広がっていた私は、一気に1個の粒子性に転化し、松本市以外のどこにも存在することはできず、松本市にしか存在しないという
「たった1個の宇宙に収縮」 する。 但し、この観測は 「意識的観測」 という条件付きであって、ネズミが私を観測したからとて、宇宙が収縮するわけではない。
私を私として認識できる意識を所有した者が観測した場合にのみ、収縮するのである。 「宇宙の収縮」 とは、すなわち 「宇宙の発生」
に他ならない。
|