Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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無用の用〜心身一如
 荘子が説いた 「無用の用」 は、私が開発したスクエアロボットの 「開発コンセプト」 であった。 だがこの無用の用を欧米人に説明するのに 「ひどく苦労した」 ことを覚えている。 「無用なものは有用である」 という東洋的な解釈を彼らは理解しないのである。 「無用なものは無用である」 というわけである。
 部屋は 「何もない」 ときに最大効率を示す。 タンス、机、本箱 ・・ 等々を置くに従って効率は低下していく。 曰く、「何もない」 という 「無」 が 「有用として機能」 することが、「無用の用」 の真髄である。 つまり、私はスクエアロボットの四角のフレーム(枠)に囲まれた内側空間に、この有用な自由空間の効率を見いだしたのである。
 だがこの無用の用はさらに大きな空間に応用されてしかるべき概念を秘めている。 現代人はとかく 「空きスペース」 を物で埋めようとする。 よって、家の中も町の中も物で溢れることになる。 空間効率は下がる一方である。 それによって行動の自由度は低下、持つことによる心配事も増加、管理経費は上昇する。 人間としての効率は、「何ももたない」 ときに最大になることは、少し考えれば誰しも了解されることであろう。
 現代人は大きな勘違いをしているのかもしれない? 多くの物をもつことで、幸福になるどころか不幸になっているのではあるまいか? 身の周りの効率が下がれば、心の内の効率もともなって下がることは 「心身一如」 の理からして明らかである。 これでは身も心も軽くはならない。
心身一如 とは
 曹洞宗の開祖である道元の言葉である。 心と体は一つであり、繋がっているという意。 心を変えることで身体が変わり、身体を変えることで心が変わる。 自分の心身を守ることができるのは、誰でもない自分自身であることを教えている。

2023.05.01


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