Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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社会学的な真理の構造
 イタリア在住の作家、塩野七生が 「お忙しいようですね」 と挨拶されたらどう応えるかをイタリア人に聞いたところ、多くの人が 「不幸にして ・・」 と応えたという。 だが、日本人であれば 「お陰さまで ・・」 と応えると教えてやると 「なぜ?」 とびっくりされたという。 イタリア人にとって、忙しいとは自分の時間がないことであって、忙しく働いてその自分の時間がない日本人は不幸な人というわけである。
 また、以下の記載は、私が20世紀末のアメリカで実際に経験した話である。
 それはとある工作機の会社を訪れたときのこと、工場を視察したあと 「何か気がついたことはあるか?」 と社長から問われた私が 「工具台を駆動する摺動面を面接触ガイドから転動ガイド使った転がり接触にすれば精度も向上するし、寿命も延びますよ ・・」 と提案した。 しばらく考えたあと、社長は 「その提案は受け入れない」 と応えた。 社長の理由はこうである ・・ その提案では我社の工作機の売上が減少してしまう。 顧客は故障するからこそ次の工作機を買ってくれるのだから ・・ その回答に、私は最初は何を言っているのか理解ができなかったが、しばらくして得心がいった。 社長が目指しているのは、高精度の工作機でも、寿命の長い工作機でもなく、「売れる工作機」 なのである。 現状の工作機が売れないならばともかく、売れているのであるから、何も 「売れなくする必然性」 はどこにもない。 それは売れなくなったときに考えればいいことなのである。 一方、私といえば学生時代から、とにかく性能は向上させなければならない、精度は向上させなければならない、寿命は向上させなければならないと金科玉条のごとく教え込まれてきたわけであって、それに反する理由など、ついぞ考えたことなどなかったのである。
 さらに加えて社長はこうも言った ・・ 日本のA社のセールスマンがとある製品を〇〇ドルで納入しますから買ってくださいといってくる。 するとしばらくして、日本のB社のセールスマンが同じ製品をA社より〇〇ドル安く納入しますから買ってくださいといってくる。 すると今度はA社のセールスマンがB社よりさらに〇〇ドル安く納入しますからといってくる。 私は安くしろなどとはひとことも言ったことはない。 放っておくと、どんどん安くなっていく ・・ いったいどうなっているのだ、というのである。
 以上、2つの話の本質は同じである。 「価値観の相違」 と言ってしまえばそれに尽きる。 「所変われば品変わる」 とは、よく言ったものである。 この社会では真理は所によって、人によって 「めまぐるしく変わる」 のである。 第179回 「1+1=2?」 では、その 「社会学的な真理の構造」 を描いている。

2023.01.16


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