未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
エミール・ガレ〜わが根は森の奥深くにあり
諏訪湖畔に佇む北澤美術館をはじめて訪れたのは20数年前にもなろうか。 アール・ヌーボー期のガラス工芸作品を展示した美術館であることは知ってはいたが、私にとってはなじみの薄いもので絵画作品ほどには鑑賞意欲がわかなかった。 だが館の中央に置かれたひときわ大きな(高さ83cm) 「ひとよ茸ランプ」 と銘打たれた作品が 「異様な気」 を発して私を惹きつけたことは確かなことであった。 先日、地方紙に掲載された 「ひとよ茸ランプ」 の記事を読んでいるうち、そのとき出会った異様な気の記憶が彷彿と甦ってきた。
「
ひとよ茸ランプ
」 は、ガラス工芸に革命を起こしたエミール・ガレ(1900〜1904)の代表作。 ヒトヨタケとは、その名のとおりカサを開いたかと思うと、翌朝には真っ黒にしぼんで消えて無くなる短命なキノコで、ガレは作品の中でその生命の経過を 「生まれたばかりの姿」、「成長過程の姿」、「カサが開ききった姿」 の3本のキノコで表現した。 3本のキノコはガレが生涯追い求めたテーマで、一瞬にして咲き誇る生命の美しさと儚さ、生死を繰り返す自然の摂理、それを支える命の力を生命循環の象徴として作品に込めたのである。 フランスロレーヌ地方にあった彼の工房の扉には 「わが根は森の奥深くにあり」 と書かれていたという。 森の奥の土の中に生きるキノコは人生の集大成であったのである。 この作品が誰のためにいつ制作されたかは定かではない。 遺族のあいだには 「森をテーマにしたダイニングルームの四隅を飾るために作られた」 という言い伝えが残されているが、ガレはその完成を見ることなく、1904年9月23日、白血病で亡くなっている。 ガレは 「ひとよ茸ランプ」 を合計6個作ったというが、現存するのは3個だけで、諏訪北澤美術館、東京サントリー美術館、フランスのナンシー派美術館に所蔵されている。
植物学者でもあったガレの関心は自然を観察することから、その仕組みを知り、種の進歩や生命誕生の謎を探る方向へと向かっていった。 長年の観察と分析の結果、ガレは晩年に至って、地上の植物や生きものは人間を含めて、互いに支え合いひとつの環でつながっているという事実に気づいた。 100年以上も前に、ガレはその生態系を認識し、環境保護の重要性に気づいていたのである。 その終着点が 「わが根は森の奥深くにあり」 という理念であり、「森の奥の土の中に生きるキノコ」 の姿であったということであろう。
あの日、北澤美術館で出会った 「ひとよ茸ランプ」 に感じた 「異様な気の正体」 とは、あるいはガレが生涯に渡って抱いていた生命への飽くなき 「情念の灯火」 であったのかもしれない。 しかして、その灯影は100年の歳月をもってしても尚、消えることはなかったのである。
2022.03.30
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