物ごとにつき、拍子はあるものなれども、とりわき兵法の拍子、鍛練なくしては、及難きところなり。
世の中の拍子顕てあること、乱舞の道、伶人、管弦の拍子など、これみなよく合ふところの、陸なる拍子なり。 武芸の道にわたつて、弓を射、鉄炮を放し、馬に乗ことまでも拍子・調子はあり。
諸芸・諸能にいたりても、拍子を背くことはあるべからず。 また、空なることにおいても、拍子はあり。 武士の身の上にして、奉公に身を仕上ぐる拍子、仕下ぐる拍子、筈の合ふ拍子、筈の違ふ拍子あり。
あるいは、商の道、分限になる拍子、分限にてもその絶ゆる拍子、道々につけて拍子の相違あることなり。 もの毎盛ゆる拍子、衰ふる拍子、よく々分別すべし。
兵法の拍子において、さまざまあることなり。 先づ、合ふ拍子を知つて、違ふ拍子を弁へ、大小・遅速の拍子のうちにも、当たる拍子を知り、間の拍子を知り、背く拍子を知ること兵法の専なり。
この背く拍子弁へ得ずしては、兵法たしかならざることなり。 兵法の戦ひに、その敵々の拍子を知り、敵の思ひよらざる拍子を以て、空の拍子を知り、智恵の拍子より発して勝つところなり。
いづれの巻にも拍子のことを専ら書きしるすなり。 その書き付を吟味してよくよく鍛錬あるべきものなり。
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