Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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マクラの小三治〜作為を捨てて笑いに至る
 落語家、柳家小三治が10月7日、心不全のためこの世を去った。 5代目、柳家小さんに入門。 早くから頭角を現し、柳派の正統派として話芸を極めた。 2014年には、師匠の小さん、上方の桂米朝に続く落語界3人目の人間国宝に選ばれている。 テレビでのタレント活動は一切せず、独演会や寄席を中心に活動を続け、最もチケットのとりにくい落語家のひとりとして高い人気を誇ってきた。 2010年から2014年まで落語協会の会長を務め、落語家が真打に昇進できる基準を従来の年功序列から実力主義に改めるなど落語界の活性化に尽力した。 噺の導入部である 「マクラ」 が抜群に面白いことでも知られ、「マクラの小三治」 とも呼ばれた。 普通は簡単なマクラを振って落語に入るが、小三治のマクラは異常に長く、1時間の高座でマクラが50分、落語が10分ということもざらだった。 だがファンはその自由な高座を愛した。
 若き日、師匠の柳家小さんから 「おめえの噺は面白くねえ」 と言われたことで 「面白い噺とは何か?」 を深く考え続けることになる。 師の柳家小さんは 「あざとい形では笑わせない芸」 を目指していた。 落語は本来が面白いものなのだからきちんとやれば笑うはずであり、本来の芸とは無理に笑わせるものではなく 「客が思わず笑ってしまうもの」 だとの信念を抱いていたのである。
 悪戦苦闘の日々を経過した小三治はある結論に至った。 それはお客を 「笑わせようとする作為」 をもって高座にあがっているうちは面白い噺にはならないということである。 それはまた 「自分が楽しくなけりゃお客を楽しませることなどできない」 ということでもあった。 このあたりのくだりは 第1564回 「只管打坐〜作為を捨てて悟りに至る」 の道元が目指した 「身心脱落」 の気脈に通じるものがある。
 かくして落語の神髄を得た柳家小三治はそのご、自らの殻を破った自由な芸風に脱皮して一世を風靡したのである。 「マクラの小三治」 の異名はその証でもある。 またあるときなど、その日に用意された幾つかの噺があったとしても 「ひとつの噺が」 絶品のできであったときはそのごの噺は中止にして高座にはあがらなかったという。 その自由をもまたファンは許したのである。 それはまた、人間国宝、柳家小三治の面目躍如たる名人芸でもあった。 落語界にあいた穴は大きくしばらくは埋まりそうにない。

2021.10.15


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