Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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想像の夏と現実の夏
 私には 「さまざまな夏の思いで」 がある。 それらの夏は私の意識世界の中に記憶として保存されている。 そして今、目の前には現実としての夏が広がっている。 だがその夏は記憶として保存蓄積されてきた 「さまざまな夏」 のうえに立って眺めている 「想像としての夏」 である。 はたしてそれらの 「さまざまな夏の記憶」 に影響されない現実の夏というものは存在するのか?
 それは記憶喪失にでもならないかぎり不可能のように思える。 即身は想像と現実の 「一致」 を求めるが、今、目の前にする 「現実の夏」 は 「いかなる想像の夏」 と一致させたらいいのであろう。 勿論。現実の夏は物質的現象であって、私の意識的想像である想像の夏が含まれる余地はない。 現実の夏は 「ただそこに存在する」 だけである。 即身として、想像の夏と現実の夏を一致させようとすれば、今まさに目にしている現実の夏に、それ以外の想像の夏を対応させることはできない。 言うなれば、現実の夏に、かっての 「さまざまな夏の記憶」 を含ませてはならない。
 「即身の夏」 とは 「今の今である現実の夏」 と 「今の今である想像の夏」 の融合によってのみ象出する 「実在の夏」 である。 依って、その想像に向けての姿勢は 「虚心坦懐」 であり、その現実に向けての姿勢は 「一期一会」 でなくてはならない。

2020.06.23


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