Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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萱草に寄す〜立原道造のこと
 日本ペンクラブ企画 「ふるさとと文学 “ 立原道造の浅間山麓 ”」(2019年10月27日、開催) に向けて、2019年10月2日付け信濃毎日新聞に2編の寄稿が掲載された。 以下の記載はその寄稿文から私の思うままに抽出したその断片である。
「旅の途中 人間的な結末」(日本ペンクラブ会長、吉岡 忍)
 ・・・ 続いて道造は長崎に向かった。 高台の洋館に一室を借り、青春詩から実人生の作品へと脱皮しようと意気込んでいたが、案内されたそこは生活のにおい、というより腐臭が漂うあばら家だった。 彼は思わず身を引いた。 苦痛に満ちたノートの一節は、さながら一編の小説だ。 翌日、高熱にうなされ、喀血した。 死はそれから4ヶ月後に訪れた。 われわれはノートを頼りに大浦天主堂下の洋館通りや、治療してもらった眼鏡橋近くの医院を探し歩いた。 洋館はとうの昔に取り壊され、医院跡は更地になっていた。 書店で見かけた文学散歩風のガイドブックにも、彼の痕跡は見あたらなかった。 わかったことがひとつある。道造を看取った恋人はそれから20年後、関東から長崎に移り住み、クリスチャンとなって天寿を全うした、という。 何よりもこの事実が、旅の途中で終わった彼の詩と人生にひそやかな、だが、彼らしくも人間的な結末をつけているように私には思われた。
 吉岡は道造が遺したノートを頼りに道造の足跡をたどって浅間山麓から、盛岡を訪ね、長崎を旅したのである。 抜粋した記載はその末尾の文章である。 12月に長崎で喀血した道造は帰京後、東京市立療養所に入所。 翌年2月、第1回中原中也賞を受賞するも、3月29日、病状急変し永眠する。 享年26歳(満24歳8か月)の生涯であった。
 私はベストエッセイセレクション 「夢みたものは〜立原道造のこと」 の末尾で道造の恋人であった水戸部アサイの 「その後の消息について」 以下のように書いた。
 評論家の小川和佑は水戸部アサイを30年後に探し出した。 そのとき彼女は道造からもらった手紙15通をひとつも汚さず所持していたという。 皆の前から姿を消した彼女はずっと独身であったのではないかと推測される。 わずか1年足らずの愛を 胸の奥底に刻んだまま 彼女はその後の日々を生きてきたのではあるまいか ・・ あの日の五月のそよ風をゼリーにして ・・・。
 吉岡の寄稿文はその消息にさらなることを想起させてくれた。 それは彼女が何ゆえに長崎に移り住んだのかの理由と、その地でクリスチャンとなって天寿を全うしたという事実である。
「詩に重なる はかない美」(作家、下重暁子)
 ・・・ わすれぐさ(萱草)。 その名を知ったのは、立原道造の詩によってだった。 「萱草に寄す」。 「はじめてのものに」 「のちのおもひに」 など心惹かれる詩の数々の入った詩集の題名 ・・・ 萱草。 なんとゆかしい名だろう。 忘れな草には人の思いが強く入りすぎているが、わすれぐさとは時とともに移ろう人の気持ちを想像させる。 その淡くはかない美しさは、立原道造の詩に重なる ・・・ そんなことを考えながら、大賀ホールでの朗読のため、東京・本郷の東大裏の脇道を下ったところにあった立原道造記念館を訪れた。 知らなければ通りすぎてしまう、ひそやかな建物。 そこに建築家でもあった立原道造が若き日、恋人と2人だけで住むために設計した小さな別荘の模型があった。 ほんとうに2人だけの空間、ヒアシンスハウスと名付けられていた。 記憶を頼りに何度も同じ道を通りすぎた。 だが、少し前まではあったはずのその記念館は、いつのまにか姿を消していた。 わすれぐさと同じように。
 下重の寄稿文から、私は 「萱草」 の読みが 「かやくさ」 ではなく 「わすれぐさ」 であること、道造が生前、恋人と2人だけで住むための別荘を設計していたことを知った。
 2つの寄稿文は図らずも水戸部アサイと道造の愛がいかなるものであったのかを私に教えてくれた。 その愛は萱草(わすれぐさ)のように時空の彼方へ去ってはしまったが、私には道造が願った 「夢みたもの」 に見事に昇華して完結しているように思えるのである。
  夢みたものは / 立原道造
夢見たものは ひとつの幸福
ねがったものは ひとつの愛
山並みのあちらにも しずかな静かな村がある
明るい日曜日の 青い空がある

日傘をさした 田舎の娘らが
着かざって 唄をうたっている
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘が 踊りをおどってる

告げて うたっているのは
青い翼の一羽の小鳥
低い枝で うたっている

夢見たものは ひとつの愛
ねがったものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と

2020.02.04


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