Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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確信の終焉
 事態の無秩序化への流れに反するかのように、ロシア出身のベルギーの化学者、イリヤ・プリゴジン(1917年〜2003年)は 「混沌からの秩序」 を著し、散逸構造理論(自己組織化)の研究でノーベル賞を受賞した。 散逸系とは決して均衡状態にはならずさまざまな状態の間をいったりきたりする化学物質の異常な混合状態をいうのだが、プリゴジンはエントロピーが増大して混沌とカオスが極限まで進行して臨界点に達すると 「自己組織化」 と呼ばれる再結晶化が起きることを発見したのである。 曰く、「混沌からの秩序」 である。
 であれば、絶対とされる 「エントロピー増大の法則」 は崩壊したのかということになるが、そうではない。 たまたま 「ある部屋」 の乱雑が整頓されたからといって、「別の部屋」 の乱雑さがそれ以上に乱雑になっていくのであれば、それら全てを合計したエントロピーは増大してしまう。 エントロピー増大の法則とは宇宙全域のエントロピーの総量が増大するものであって、局所におけるエントロピーの胎動を論じているものではないからである。
 それを証するかのようにプリゴジン自身は 「時間はひとつの幻覚に過ぎない」 とするアインシュタインや 「時間の不確定性を信じる」 量子論学派の重鎮の見解に反するかのように 「時間の矢の非可逆性」 を絶対なものとして信じて疑わない。 さらに 「カオス」、「複雑系」、「不確定性」 等々の概念を社会の一般人が受け入れたのは社会そのものが 「流動的」 になってきているからに他ならないと主張した。 そしてプリゴジンはかかる状況を以下のように要約した。
 たとえば信心深いカトリック教徒も、その両親や祖父母たちに比べればたぶん今ではそれほど深く信じていないであろう。 私たちはもう以前のようにマルキシズムや自由主義にこだわってはいないし古典的な科学をもまた信じてはいない。 同じことが 「芸術」、「音楽」、「文学」 等々についても言える。 社会は多様化した人生観や世界観を受け入れることを学んだのだ、そして人類は 「確信の終焉」 を迎えたのだ ・・・。

2019.12.03


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