未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
最澄と空海〜知識と実践の狭間
仏になろうとして生きた最澄。 仏として生きた空海。 両者はともに仏法の奥義を探求した求道者である。 だがその道は似て非なるものであった。 最澄は 「仏法の理想」 を求め、空海は 「仏法の現実」 を求めた。 理想と現実の差は天と地ほどもある。 両者が盟友であるとともに根本では最後まで理解し得なかったところはこの理想と現実の違いであったであろう。
それはまた学識と知恵の違いでもある。 学識に優れた者と知恵に優れた者は自ずから生きている世界が異なる。 学識に優れた大学教授が優れた知恵が求められる会社社長になれるものでもない。 言うなれば、最澄は大学教授のようにして、空海は会社社長のようにして仏法の奥義にアプローチしたのである。 結果。 最澄が大学教授としての知識を重んじ、空海が会社社長としての実践を重んじたのは必然の成り行きであったであろう。
依って、後学として習得すべきは、かく両雄が開拓した知識と実践をいかにして 「ひとつに融合する」 かにかかっている。
2019.06.06
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