未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
人類の破綻点〜尊厳の喪失
人間の尊厳とは何か? 近年、とみに「かかる問い」が重くのしかかってくる。 その尊厳が失われていくようで心もとないのである。
その原因は何度も検討してきた通り 「科学的合理性に基づいた物質還元主義への度を超した傾倒」 であろう。 人間の機能を機械やコンピュータに置きかえていくことは唯一人間だけに備わった叡智のなせる業であろうが、それも限度があってのことで 「過ぎたるは及ばざるがごとし」 の諺のごとく逆の効果をもたらす。 生活環境システムのコンピュータ化、作業のロボット化、思考の人工知能化 ・・ 等々の目覚ましい進歩はまさに人間の 「無能化」 を将来する。
人間のためを目指したものが人間そのものを無能化してその存在を危うくさせるとは何たる矛盾。 これほどの徒労はあるまい。 その先の運命を知ってか知らずか、人類は今その 「破綻点」 に向かって驀進中である。
科学的合理主義万能の喧噪が出発した250年前にしてかくなる破綻点を予見したドイツの文豪、ゲーテ(1749〜1832年)は最後の小説「遍歴時代」の中で以下のように書いている。
・・ 増大する機械文明が私を悩ませ、不安にします。 それは雷雨のように、おもむろに近づいて来ます。 でも、それはすでに方向を定めました。 やがて到来して襲いかかることでありましょう ・・・
また友人への手紙の中では以下のように書いている。
・・ 富と速さは、世界が称賛し、誰しもが目指しているものです。 鉄道、急行郵便馬車、蒸気船、そして交通のありとあらゆる軽妙な手段は、開花した世界が能力以上の力を出し、不必要なまでに自己を啓発し、そのためかえって凡庸さに陥るために求めているものであります。 そもそも現在は、すぐれた頭脳、理解の早い実用的な人間のための世紀であり、彼らは、たとえみずからは最高度の天分を有さずとも、ある程度の器用さを身につけているだけで衆に抜きんでるものと思っているのです ・・・
その後にゲーテの思想を研究したオーストリア生まれ(1911年)の文芸評論家、エーリヒ・ヘラーはその破綻点の様相を 「 ・・ 技術的進歩とは、地獄をもっと快適な居住空間にしようとする絶望的な試み以外のほとんど何物でもありません ・・・ 」 と毒舌をもって直裁に語っている。
「文明はその繁栄した理由をもって衰退する」 とは逃れざる 「歴史の宿命」 である。 もし科学的合理性に基づいた物質還元主義が近代文明繁栄の理由であるとすれば、同じその理由をもって近代文明は衰退するということである。 歴史の必然(理)は常に潜在的であって気づきにくい。 がゆえに眼光紙背に通ずというがごとき慧眼が今求められているのである。
2018.05.30
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