未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
この弟子にしてこの師匠
15歳の中学生棋士、藤井聡太六段のめざましい活躍が巷間の注目を集めている。 連戦連勝の戦績もさることながら、驚きはその完成された人格の見事さである。
「神武以来の天才」と言われた加藤一二三九段の14歳7か月での史上最年少棋士の記録は62年ぶりに藤井聡太の14歳2か月によって更新された。
その2人が62年の歳月を隔てて対局する。 加藤一二三はこの対局に敗れたことを潮に将棋界から引退した。 その引退の報に接した藤井聡太は、長きに渡って闘ってきた大先輩の加藤一二三に尊敬の思いをこめて 「一抹の寂しさを感じます」 とコメントした。 それを聞き知った加藤一二三は満面に笑みをたたえながら 「ほ、ほろっと」 させられたと述懐している。
長野県大町市の小学6年生、北沢君12歳は囲碁のプロ棋士を目指し4月から名古屋市にある日本棋院中部総本部の院生になるため親元を離れるという。 これが地方局のニュースとなり、たまたまそのニュースを見ていた私はここにも天才少年がいることを知った。 だが注目すべきは藤井君と同様のその完成された人格の見事さである。
親元を離れるに際して7歳からの5年間に渡って教えを受けてきた師匠との惜別の対局が催された。 勝敗が決した盤面を眺めて師匠が 「負けました」 とつぶやく。 北沢君は静かに 「先生が勝っています」 と言いながら碁石を碁笥に戻しだした。 対局後のインタビューで師匠は 「私に花を持たせてくれました 今の私ではとても勝つことはできません」 と感慨深げに答えた。
おそらく対局は弟子の北沢君が勝ったに違いない。 囲碁のプロ棋士を目指す逸材であってみればその目数を誤るなどということはありえない。 他者がその目数を数えられないようにとすばやく碁石を碁笥に戻したのであろう。 また、どのような棋士を目指して欲しいかの問いに、母親は囲碁の大先生からもらったという色紙の文言をかりて 「強くなればなるほどに 優しくなって欲しい」 と答えた。
この息子にしてこの母親、この弟子にしてこの師匠。 彼らの見事さはどこからくるのであろう?
それは言い訳ができない厳しい勝負の世界の純粋さにあるのではないか。 世間の毀誉褒貶が通じない掛け値なしの実力の世界だからこそ、互いに心を通わせ、信頼し、認め合うのではないか。 ごまかしのきかない世界であればあるほど 「人は見事に生きられる」 という明かな証がここにある。
2018.04.06
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