そこに椅子が存在するとはその存在が持続的に存在することを意味している。その椅子は突然そこに出現したわけではなくしばらく前からそこに存在し続けている。 しばらく前とは過去を意味しているのであるからその椅子の存在の意味には「過去の意味」も含まれていることになる。

　またその椅子はこの先もしばらくは存在し続けるであろうし突然消失するわけでもない。しばらく先とは未来を意味しているのであるからその椅子の存在の意味にはまた「未来の意味」も含まれていることになる。 説明するまでもないが今ここにその椅子が存在することからしてその存在には「現在の意味」も含まれているのは当然である。

　かくこのように存在には過去・現在・未来という時間の３態様が意味的に含まれている。 一挙に還元すれば存在とは既に時間であり、時間は既に存在に含まれている。

　存在に含まれている意味をとり出すことを哲学者、大森荘蔵はその著書「時間と存在」の中で「存在の時めき」と呼んだ。 けだし名言である。 大森はさらにこの「存在の時めき」は道元が「正法眼蔵」で「有時」と呼んだものに他ならないとも述べている。

　私は 第495回 「蓄積された時間」 で同様な視点で時間と存在の意味を以下のように書いている。　2004年11月11日のことである。

　かってパリの裏街通りに住み、古びた壁ばかりを描き続けた日本人画家がいた。 画家は壁には街が背負った歴史が刻まれ、太陽の光と風雪が刻んだ「時間が蓄積されている」と述懐した。
　パリの壁にとどまらず、あらゆる物（モノ）には経過した時間が蓄積され、また蓄積された時間はその物に表象している。 一挙に還元すれば「物とは時間」であり、また「時間とは物」である。 ローマの古代コロセウム ・・ ギリシアのパルテノン神殿 ・・ はたまた奈良法隆寺の伽藍 ・・ 等々には、その上を流れた遙かな時間が刻まれ、蓄積されている。 我々はこれらの蓄積された「悠久なる時間」に遭遇することで、圧倒され、感動させられる。 人間とてこれらの物と何ら変わりはなく、「通り過ぎていった時間」が身体に蓄積される。 ただ時間で刻まれた「その顔」が、パリの壁ほどに重厚で、穏和で、静謐であるかどうかは別にして ・・・。

　「蓄積された時間」を書いたのは私の時間概念が未だ静的線形時間に拘束されていた頃であって現在のようにその静的線形時間を廃棄した「過去も未来もない（時間がない）それらが重なった現在だけの世界」というような動的な時空概念には至ってはいなかった。それゆえに静的な時空概念を背景にした「時間と存在」を想定したのであろう。

　「存在の時めき」とは今の今の現在における動的な「時めき」であって「蓄積された時間」で描いた静的な「時めき」ではない。　実存とはおそらくは今の今における 生き生きとした 存在の時めき なのであろう。　時間はかかったが少しは前進したようである。