未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
忘却とは
波動理論を生んだ物理学者、シュレジンガーは「繰り返されることで恒常化される事象の認識はやがて顕在意識から潜在意識下に去っていく。顕在意識上に顕れるのは変化する事象の認識である。」と述べている。
正常に脈打つ心臓の存在は忘れられていても、ひとたびその脈動に変調をきたせばたちどころに顕在意識上にその心臓の存在が顕れるのである。
顕在意識から潜在意識下に去っていく認識を我々は通常「忘却」という言葉をもってあてる。シュレジンガーが指摘した忘却は言うなれば身を守るための「健全な忘却」である。高齢者の3人に1人が認知症になると言われる昨今であるが、かかる忘却は「不健全な忘却」である。脈動に変調をきたした心臓の存在を意識しないでは身を守ることができない。
では健全な忘却と不健全な忘却の違いはどこから生じるのか?
恒常化された事象を認識しなくなることにおいては両者ともに同じであるが、違いは変化する事象における認識においてである。健全な忘却では、その認識がたちどころに意識上に顕れるのに対し、不健全な忘却では、いっこうに意識上に顕れない。その原因を探ると、恒常化された事象を認識しなくなるというときの「恒常化の意味」の違いに行き着く。
つまり、健全な忘却における恒常化とは、身の周りに広がる「外界の恒常化」であるのに対し、不健全な忘却における恒常化とは、身の内に広がる「内界の恒常化」である。分かり易く表現すれば「若人は外界の変化に敏感ですばやく顕在化されるが、老人は外界の変化に鈍感でなかなか顕在化されない」という違いである。
老人の内界の恒常化とは、言うなれば「心のマンネリ化」である。不健全な忘却である高齢者が陥る認知症の真の原因は、あるいはこの「心のマンネリ化」にあるのかもしれない。 だが健全な忘却が若人の身を守るように、不健全な忘却もまた老人の身を守っているのかもしれないのだが ・・? ここではこれ以上の探求はしないこととする。
2017.09.12
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