1937年6月5日の日曜日、道造はアサイを誘って軽井沢へ日帰りの小旅行へ出かけた。信濃追分駅近くの草むらで、道造はアサイにプロポーズをしたという。1938年、道造はアサイと過ごす幸せな時間を一篇の詩にしたためた。愛する喜びに世界は光り輝き、目に映るすべてが幸せに満ち溢れていた。「夢みたものは」を書き上げた道造は、その年の12月に喀血し容体が悪化。この時すでに手遅れの状態にあった。アサイの献身的な看病も実らず、3か月後の1939年3月29日、道造は24歳の若さでこの世を去った。道造とアサイは最後まで清い間柄だったという。
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