諏訪大社下社春宮近くの畑中にある丸い自然石の上に仏頭が乗った珍奇な石仏である。万治3年(1660年)に作られたので「万治の石仏」とよばれている。さかのぼる400年ほど前である。近年、この石仏の首が伸びるということで話題となり、テレビのワイドショー番組にとりあげられ、多くの人の知るところとなったが、事の始めは、縄文土器の芸術性を喚起した岡本太郎が1974年(昭和49)にここを訪れ、「こんなおもしろいもの見たことがない」と絶賛してからとのことである。伝説によれば、諏訪大社に石の鳥居を作ろうとして石工が大きな石にノミをいれたところ血を流したため、石に手足を彫り、頭をすげて阿弥陀如来像としたものだという。
目立たぬ空間に何食わぬ顔をして飄々然と鎮座する様を眺めているうちに、遠い日に出逢った奈良斑鳩法輪寺の虚空蔵菩薩の面影が甦ってきた。こちらはお堂(金堂)に収まった木像であったが、名のごとく虚空蔵、即ち山川草木、森羅万象ことごとくの大宇宙を蔵してなお飄々とした風情で立っておられた。その拝顔の折り、一人たたずむ堂内の静寂を破って「一陣の風」が甍を越えて吹き抜けていったことを記憶している。あれから35年ほどの歳月が経過したことになる。そして今日、山深い信州の空の下、時空を渡った「その一陣の風」が、再びかかる尊顔にめぐり逢わせてくれたのである。
石仏がある位置と下社春宮の境内の間には清流が流れているのだが、先ほどから蕭条とした横笛の音がその方角から聞こえている。宮人が社事に備えて練習しているのであろう・・・。刻はまどろんだような夏陽に照らされた昼下がりであった。
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