未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
果てしない叫び
印象深い絵画に、ノルウェーの画家ムンクが描いた「叫び」がある。 通常の絵画は自然風景を描くことに終始するが、この「叫び」は精神世界、言うなれば「心象風景」を描いたものである。 ムンクはこの作品について日記で以下のように書いている。
私は2人の友人と歩道を歩いていた。太陽は沈みかけていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた。
ムンクが聴いた「自然を貫く果てしない叫び」とは、現代人が抱える「理由無き不安」であり、突如として襲ってくる「得体の知れない恐怖」であろう。
他方、ドイツの哲学者ニーチェは1882年に刊行した著書「悦ばしき知識」の中で「神は死んだ」と叫んだ。 奇しくも、それは画家ムンクが「叫び」を制作した1893年と同時期である。 ムンクが感じた「果てしない叫び」の正体とは、あるいは神が死んだあとにのこされた世界の様相であったのかもしれない。
そして今、哲学者と画家が所を変えて同時に感じた人間社会への「得体の知れない不安」の病巣は潜伏100年余りの歳月を経て、現代社会に顕現しようとしているかにみえる。
2016.08.18
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