未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
1人を救うものは世界を救う
現代社会は「理想の社会」を完成させようとしているのか ? それとも「理想の人間」を完成させようとしているのか ?
前者は「全体の問題」であり、後者は「個の問題」である。現状を俯瞰すれば「理想の社会」への注目度が80%程度、「理想の人間」への注目度は20%程度といったところであろうか。 だが「理想の社会」も「理想の人間」あっての話である。社会の改革は全体の問題であるからして手続きが複雑で一朝一夕とはいかないが、人間の改革は個の問題であってみれば自らがその気になれば1日にして可能でもある。 孔子曰く「朝に道を聞かば 夕べに死すとも可なり」。
かって地方紙に掲載された「
世界の救済
」と題されたエッセイで私は以下の言葉を使った。この言葉は当時観たスピルバーグ監督の映画「シンドラーのリスト」の中で使われた「1人を救うものは世界を救う」から着想されたものである。
1人を救うものは世界を救い 世界を救おうとするものは1人も救えない
以下の記載は、科学哲学エッセイ「
時空の旅
」(平成 6年 9月18日 初版第1刷発行)で描いた「シンドラーのリスト」からの抜粋である。
シンドラーのリスト
スティーヴン・スピルバーグ監督の映画「シンドラーのリスト」を観た。スピルバーグ監督がようようにして手にしたアカデミー賞作品である。白黒画面で子供の頃に観た映画を思い出した。私は1949年の生まれである。この映画の舞台はそれより10年程前のナチス・ドイツの頃である。映画はユダヤ人大量虐殺の裏に隠された人間愛の物語である。
SS(ナチ親衛隊)はユダヤ人600万、ロシア人500万、ポーランド人200万、ジプシー50万人等合わせてじつに1400万余の人間を虐殺したといわれる。
企業家であるシンドラーはもてる資産の全てを使ってその強制収容所から救出する人々のリストを作った。そのリストが題名になった「シンドラーのリスト」である。戦争が終結してシンドラーが救出した人々と別れる最後のシーンは感動的である。 もっと努力すれば ・・ もう1人でも ・・ 2人でも ・・ 救出できたのではないか ・・ とシンドラーは涙を流す。そして、助け出された人々は別れるシンドラーのために自分たちで手作りしたひとつの指輪を贈る。その指輪には「1人を救うものは世界を救う」という文字が刻まれていた。
シンドラーによって死をまぬがれた人々は1100人、今その子孫は6000人を越えるという。確かにシンドラーが救った人々は1400万人からすれば、わずかな人数である。
だが世界を形づくる原点がここにある。我々は生きている間に世界の全ての人々と逢うことはできない。身のまわりの身近な人々に自分のできるかぎりを尽くすしかないのである。それはまた1人1人がもつ人体の中にある「小宇宙」と、それをつつむ「大宇宙」とのつながりのようでもある。
ナチスの大量虐殺は人類がもった最も悲惨な世界であった。しかし、その狂気の嵐の中にあっても微動だにしない大宇宙と、それにつながった愛の静寂につつまれた小宇宙があったことは驚きであるとともに、「宇宙の心」がなんであるのかを我々に暗示している。
2016.07.12
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