今必要なものは自らの精神に対するコントロール能力である。現代は自由意思の時代である。何を考えようが思おうが制限されることはない。一方、物質的な身体には自ずとした限界がある。限界がある身体に無限界の精神を付帯していることこそが人間の宿命的悲劇である。
現代社会はこの物質的限界と精神的無限界のアンビバレンツが急激に拡大している。かっての時代では、良くも悪くも自由意思は社会制度として制限されていたため、拡大は緩やかであるとともに、身のほどに制限されていた。だがその足かせがなくなった現代では、もはや思うにまかせて無限に自由意思を飛躍させ拡大することができる。他方、物質的な身体はその飛躍についていくことはできない。悲劇の始まりである。
脱するためには自らが自らの自由意思に制限を加える以外に他に方法がない。「精神に対するコントロール能力」とはそういう意味である。だが際限なき自由意思に制限を設けることはそうたやすいことではない。それは肥満体をダイエットする場合を考えれば容易に想到することができる。かっての時代のように、食べるものにも困窮していた状況では、自らに制限を設ける必要などなかったはずである。だがあらゆる豊穣に満たされた現代では、自らが自らに厳しい制限を加えない限り肥満を抑えることはできない。自由に無限に思いを飛翔させることができる自らの意思に、自らが「そこまで」とストップをかけることは至難の業である。
だがこの至難のストップをかけることができなければ、やがてそのうち人間は自己崩壊してしまうであろう。現代人の危うさとは実にこのことである。
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