特筆すべきは「この道があの道だったこと、この空があの空だったこと」という表現方法である。道造は「思い出とは、この道があの道であること、この空があの空であること」と簡潔にして明瞭に表している。こまごましい説明を軽々と飛び越えて核心を貫いているのである。
数学には代数学と幾何学という2通りの手法がある。代数学は数式(方程式)を連ねて解に至る手法であり、幾何学は図形を描いて解に至る手法である。代数学は論理に基づくため左脳派に好まれ、幾何学は直感に基づくため右脳派に好まれる。
道造の表現は幾何学的な手法であり、描かれた図形(道造にとっては自然の万物事象)を眺め、効果的な補助線(道造にとっては直感的感受性)を引くだけで事の核心に迫る。左脳的な代数学派からすれば、「この道があの道であること、この空があの空であること」だけをもって「思い出」であることの証明にはなっていないと反論するであろう。それに至る詳細な道筋(方程式)を示せというわけである。