Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知的冒険エッセイ / 時空の旅
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何らかの理
 先日とある本を読んでいて、心理学者のユングがスイスの「ラインの滝」付近で育ったことを知った。ゆえに私は「ラインの滝」へ行ったのであろうか・・? それはユングが言う不可思議な共時性であろうか・・? 同様にして私は哲学者ニーチェの生まれ故郷である東ドイツの「ライプチヒ」や、精神崩壊に至った北イタリアの「トリノ」へ行った。これもまた不可思議な共時性のなせる業なのであろうか・・? 

 私がそれらの地を訪れたのは仕事でのことであって、ユングやニーチェを目的としたものではない。ラインの滝はドイツのシュトゥットガルトから車で国境を越えてスイスのシャフハウゼンという小さな町での商談に行ったときのことであり、ライプチヒは工作機械工場での、トリノはフィアットの自動車工場での技術説明会に行ったときのことであった。客先の要望に応じて計画された1回の出張で、これらの地のすべてへ偶然に行く確率は、ありえないほどに小さなものであろう。だがこのように現実として起きるのは、いまだ解明されていない、「何らかの理」がこの世にあることを物語っている。

 物質世界は私の外的宇宙空間に広がっており、同様に意識世界は私の内的宇宙空間に広がっている。どちらの世界が大きいかなどという問いは意味をなさない。

 漱石の小説「三四郎」の中で語られる・・・「熊本より東京は広い。 東京より日本は広い。 日本より・・・」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。 「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った・・・・かかるくだりはこの状況を佳く説明している。
2013.04.18

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