過去の結果としての因果律的現在は、この世の人々と「共有する現在」であり、未来の結果としての超因果律的現在(量子論的現在)は、私ひとりが「専有する現在」である。
つまり、私が「こうした」ことは変更できないが、「こうする」ことはいかようにも変更可能である。