ディオニュソスとは「原始性」である。
人類は言葉をもって我々の周りに存在する得たいの知れない「何か」である万物事象を「語りだした」のであるが、それは歴史時間で考えれば、つい最近のことであり、それ以前の人類は言葉のない「沈黙せる」悠久の時間を過ごしたのである。
言葉のない沈黙せる人類である原始人の精神こそがディオニュソスである。
近代人は便宜的で手軽な言葉を獲得することで、沈黙せる原始人が確固として所有し、また決定的に重要であった、この沈黙せる「何ごとかの思い」を喪失してしまったのである。
アポロンとは「近代性」である。
近代人は沈黙を忘れ、多くの言葉を語るが、言葉は使用すればするほどに、語れば語るほどに、対象がぼやけてくる。
現代人の精神はアポロンであり、言葉でかく説明し、かく分析する。
「しかして何も創らない」
新世界開拓者の精神はディオニュソスであり、絶対的孤絶と孤独の基盤に立ち、多くを語らない。より多く感じるだけである。
「しかして全てを創る」
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