現代人は認識作業によってバーチャル化してしまった想像的現実世界から、リアリティとしての実存的現実世界へ回帰しなければならない。
小説家は紙に文字を書くことによって、芸術家はカンバスに図形を描くことによって、科学者はノートに数式を記すことによって、実存的現実世界を想像的現実世界に転化する。
これらの想像的現実世界は実存的現実世界を人間の認識作業という意識操作によって情報データ化した世界である。
実存的現実世界とは過去も未来も混沌と一体化した可能性の海であり、その豊饒な海である現実世界を、古人は「曼陀羅世界」と呼び、「浮世」と呼んだ。
我々は過去と未来が混沌と一体化し、可能性の発現にゆらぐ、曼陀羅世界に居住しているのであり、この曼陀羅世界の実像を、文字や、図形や、数式をもって完璧に描くことは不可能に近い。文字や、図形や、数式をもって描かれた世界像は、人間認識によってバーチャル化された想像的世界像であり、言うなれば虚像である。
文学(文字)、芸術(図形)、数学(数式)・・等々で描かれた想像的世界像は、言うなれば現実の抜け殻である「化石の世界」であり、決して現実の「生身の世界」ではない。
この抜け殻である化石の世界を追求すればするほど、人はニヒリズム(虚無主義)に陥る。化石の世界は追求すればするほど理路整然としてくるが、また伴ってニヒリズムも深刻の度を増すのである。
我々がこの現実世界でニヒリズムに陥らぬためには、過去と未来が混濁した、言うなれば理路雑然たる実存的現実の世界像(実像)を正面から直視することであり、あらゆる可能性にゆらぎ、一刻もとどまることなく胎動する、その曼陀羅の海へ全身で回帰することである。
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