そのためには、常に時代の混乱と混沌の中に、身を置かなければならない。
「水清ければ魚住まず」のたとえのごとく、混沌から身を離しての人間生活の実存はなく、仙人のごとく、これらの混沌から遊離していてはならない。
「呑舟の魚」は、常に混濁の淀みに生息するのである。