それと、私の友達に関西学院大学の社会学部の教授をしている宮原浩二郎という彼がいるんですけども、彼は東大法学部を出て大蔵省に入ったんですが、自分みたいな若い者にみんな頭を下げるのが嫌だと言って大蔵省を辞めて大学の教授になっているんですが・・・・。
彼が非常におもしろいことを言ったのは、彼が大学の入試の委員をやったんですね。そのとき古代ギリシアのアリストテレスが「地球は丸いということを考えた」とこういう文章があったわけですね。
そのとき彼は、何かふとおかしいと、この文章はね。おかしいなと思った。
でもほかの先生はおかしいと思わないわけですね。でも彼はおかしいと思った。どこが彼はおかしいんだというと。
地球は丸い(板書)
つまり「地球は丸い」っていうのね。
地球っていうのはもう地が丸いわけでしょう。「地球は丸い」と・・・・。
地球っていうものが丸いっていうのはおかしいと。
ほかの先生は何がおかしいんだと、いいじゃないかと言うんだけど、結果的にアリストテレスが発見した感動とかその何て言うんですかね、この驚きとかね。そういうものは「地球は丸い」っていうしろものじゃないんですね。
つまり「大地が丸い」んです。
つまり自分たちが丸いと思っていなかった「大地」が、実は「丸い」というふうに思ったときの感動っていうのは、「地球は丸い」っていう感動ではない。彼(宮原教授)はそこにこだわるわけです。
ほかの先生はいいじゃないかと言うんだけど、彼は古代ラテン語からいろんなものを全部調べて・・地球っていうのは、日本語に訳す時に英語で言うと「earth」ですよね。それを日本語に訳す時に「地球」ってしちゃったわけですね。
日本の知識っていうのはほとんど「これ」なんですね。
ですから感動っていうのが伝わらない。つまり、もう地球っていうのは丸いっていうことはわかっていて日本語に訳すわけですね。ですから「earth」を「地球」としちゃう。
しかしアリストテレスの感動っていうのは大地が丸いっていう意味なんですね。だからその感動がこれでは伝わらない。
|