Linear 未知なる時空を訪ねる旅の途中でめぐり逢った不可思議な風景と出来事
知のワンダーランドをゆく〜知的冒険エッセイから
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馬鹿を承知で
 自明性とは考えなくても当然にして存在するものである。原始、人々はおそらくこの「自明性」によって生きていたことは想像に難くない。それに比べて現代人は何と多くのことを「意味を考えること」に費やしているのであろうか。
 それを為す意味とは何か? 生きる意味とは何か?
 すべての行為に意味付けしなければ生きられなくなっている。だが生きる意味を考えることで、結果として生きる意味を喪失してしまったのである。生きることは自明性に支えられているのであって「生きる意味は生きることで生まれる」のである。「生きる意味を考え出してから生きる」では生きられない。自明性に支えられて生きている人にとっては、生きる意味など問われても、どう答えたらいいのかわからない。そのような「問い」は、生きていない人の「問い」であって、生きている人にとってみれば、そのような「問い」そのものが存在しないのである。
 しかしてこの「問い」は、ついには「人間はどうせ最後は死ぬのであるから、何をやっても同じである」とするニヒリズム(虚無主義)に帰着する。だがこれではもったいない。人はせっかく生まれて来たのであるから、無駄とわかっても生きてみることである。
 すべてのことに意味付けしなければ為すことができないとすれば、おそらく、この世に為すべきことなど「何ひとつとしてない」であろう。
 現代人が生きる活力を失って精神衰弱に陥ってしまった最大の原因がここにある。人間、馬鹿を承知で生きるものであろうし、「おもしろき こともなき世を おもしろく」生きるものであろう。
※)おもしろき こともなき世を おもしろく
 幕末の英雄、高杉晋作の辞世の句。晋作を看病していた野村望東尼が「 ・・ すみなすものは 心なりけり」という下の句をつけたと言われている。
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